2008年09月
2008年09月15日
私の足跡 17 東北の名峰 磐梯・吾妻・安達太良・早池峰山
2005年8月26~30日
S氏M氏T氏と3人 大垣発の夜行「ながら」で、東北の名峰「早池峰」 「安達太良」「吾妻山」「磐梯山」へ。
二日目
東京に早朝に着き、東北新幹線の一番で新花巻駅に着く。バスとの接続時間 が無かったので4人で仕事の分担をして慌てたが充分間にあった。
乗客は途中から 私達4人ともう一人の登山者だけ。約1時間はバス停 ノンストップで河原坊の登山口へ。
初めは、樹林帯の中の道だったが、1時間もするとガレ場になり急登が始まる。 ジグザグの急登を3時間少しで頂上(1914m)へ。 途中、高山植物の花に癒されたからなのか、標準時間より早く頂上に到着。天気は良く、見晴らしは最高。
急斜面を登ってきたので登って来た道も下山する道も良く見えた。
登頂より下山の方が傾斜がゆるく楽なようだ。
登頂を祝しS氏持参のお神酒をグラスで乾杯した。
そして、頂上周辺を散策した。
頂上には 宝剣がたくさんあった。
また、立派な避難小屋もあった。
帰りは、道を変え小田越に降りた。初めは、良かったが途中より長い梯子がいくつもあったり、よく滑る蛇紋岩の連続だったので精神的に疲れた。
でも、頂上で、「あの程度の傾斜なら登りに比べ、楽だ。スキップで踏んで降りられる」と言ったばかりに無理にスキップで降りたりして、楽しんだ。
早池峰と言えば「ハヤチネウスユキソウ」だが、この時期はもう盛りが過ぎていたが、他の高山植物は綺麗な花を見せてくれていた。
下山後、いつものことだが山に向かって「素晴らしい景色を見せてくれて有難う」と声を出し礼を言う。
帰りも、標準時間より早く下山したので、時間を費やし、午前中と同じく4プラス1の5人の乗客で出発し、遠野物語で有名な集落を過ぎ、新花巻駅へ。
そして、新幹線で一路郡山へ。本日の登頂を祝し乾杯後、予約の駅前のビジネスホテへ。各自の部屋で明日からのドライブのため熟睡。
三日目
早朝に、駅前のホテルを出て、レンタカ-を借りる。それに、予定以上に時間がかかり、出発が約1時間以上遅れる。
万葉集にも詠われ、民謡でも有名な磐梯山の登山口 八方台にも遅れて到着。車を駐車し、そこから、弘法清水までピッチを上げ歩いたので標準時間より早く着く。天気は良好。景色を楽しみながら湧き水で冷やしたビ-ルを。
そして、30分足らずで頂上へ。頂上で早めの昼食。(コンビ二の弁当) 眼下に見える桧原湖等の展望を楽しんだ後、急いで八方台まで下山。
そこから、レンタカ-で奥岳温泉へ。登り始めて、しばらくすると「智恵子抄」で有名な安達太良山の頂上の乳首山もきっちり見えた。周辺の景色も良く見えた。初めだけは、傾斜もゆるい登山道で樹林帯だった。頂上近くで傾斜もきつく、ガスってきた。安達太良山への歩行もピッチを上げ朝の遅れを30分にした。少しガスがかかった時もあったが安達太良山の標識の所に到着。荷物を置き頂上へ。頂上(1699m)からの下りに時間がかかった。くろがね温泉小屋の主人に連絡をと思うも携帯電話は圏外で駄目。二人は別行動で、急いで降り小屋へ連絡。5:30着。
到着後、山小屋では珍しい温泉の風呂に入り汗を流しサッパリした後いつものように水分補給を。小屋は客は少なく10人足らずだったので部屋をユッタリ使わせてもらう。
この「くろがね温泉小屋」は 山を愛する男女が大晦日にここで宿泊し、餅をつき、翌日の元旦をみんなで祝すという伝統があり、「臼」があつた。私も一度は体験したいものです。
四日目
4時半起床。 6時に小屋を出る。ピッチを上げ7時半奥岳温泉へ。駐車していたレンタカ-で白布温泉へ。そして、今回4ツ目の山・西吾妻山(2035m)へ。樹林帯はなく傾斜もゆるく良かったが、後半はガレ場で傾斜もきつくマイッタ。
山頂は樹林帯で、視界が利かないとは珍しい。下山後、レンタ-カ-を返し、時間が遅れることもあったが今回の旅行も無事終えたので、最後の揃っての食事ということでこの旅行の最高の昼食を昼遅くとった。そしてバスで空港へ。
そこで、とんでもないハプニング。初め、飛行機整備の都合で遅れると連絡。しばらくすると欠航するとのこと。これは大変。どうしてくれるのか聞く。答えは他社の飛行機で大阪へ行って欲しいとのこと。大阪着の時刻を聞くと遅くて我々には乗って帰る電車がない。大阪市のどこかで泊まらなければならない。
これでは駄目だと言い寄る。とにかく、応対はカウンタ-の女子社員。事務所内の男性は出てこない。しばらくしての答えは「郡山でもう一泊してほしい。費用は会社持ちで」とのこと。4人で相談。一人は明日勤務なので、連絡をとり、O・Kとなったのでそれに決定。会社のタクシ-で静寂な所に建つ超豪華なホテルへ。食事も超豪華であったが我々は昼遅くとった昼食のためお腹が大きく残念だった。
五日目
早朝、ホテル周辺を散策。朝食後、8;45の専用バスで空港へ。
関空着、昼前。家着、14:00。
2008年09月01日
私の足跡 16 九重山と由布岳 霧が峰と美ヶ原
2005年5月27~29日
K氏D氏M氏と 夜行船で九重山と由布岳
二日目
昨夜は船の二等寝台だったので、よく眠れた。6時20分、別府着。車で宿泊地へ行き、不要な荷物を置く。途中、ビュ-ポイントで写真を。
牧ノ戸峠より登山開始、9:00。 沓掛山までの急登の坂を上りきると噴煙をあげる山が見えて来た。また、ミヤマキリシマが今が盛りと咲いて私達を迎えてくれている。
西千里ヶ浜付近はお花畑で我々はその中を進む。なんと贅沢な至福のひと時だ。
九住分れから見る周囲の山々の迫力に圧倒されそうだ。そして、九住山の山頂へ。空は快晴。南に目をやれば祖母山。その右に阿蘇の山々。北には中岳とその向こうには、頂上付近はミヤマキリシマの花で真っ赤な大船山が見える。
中岳への鞍部の御池で昼食。そして、九重山の最高峰・中岳(1791m)へ。 頂上からの景色を眺めていると同じ橋本市の人と出会う。
登山者の大部分は登ってきた道を下るが、我々は憧れの地「坊ガツル」へ行くため、法華院温泉へ下りた。
下りは、急坂の連続でマイッタが、私を励ましてくれたのが三つあった。
一つ目は今が盛りと満面の笑みを見せて咲いているミヤマキリシマ。 二つ目は、眼下を見るとテントや山小屋が点々とした「坊ガツル」がだんだん近づいてくる。
三つ目は、頂上付近がまるで山火事のように真っ赤なっている大船山。
この三つが私に元気を与えてくれ、無事下山できた。
「坊ガツル」から 2時間ほどの徒歩で宿舎へ。
水分補給と夕食後、借りたテ-プをラジカセにいれ、山をこよなく愛した男たちの「坊ガツル賛歌」を4人で合唱?した。
三日目
早朝、車で由布岳の登山口へ。最初は緩やかな草原の道を進む。
途中、樹林帯に入る頃より道の傾斜が厳しくなる。
低潅木地帯に入ると一段と傾斜がきつくなり、ジグザグの道になる。
登山開始二時間後、マタエといわれる鞍部に到着。ここは、西峰と東峰の分岐点。
我々は、最高峰の西峰を目指す。早速、鎖場が何箇所かあったが、ミヤマキリシマが咲く馬の背を慎重に進めば頂上、(1583m)。
天気は良く、湯布院の町も箱庭のように見えた。2年前、湯布院の町から見て是非登りたいと思った双耳峰の由布岳に登れた。夢が叶った。
帰りは、やせ細った馬の背を一歩一歩足元を見つめて下る。ここにも、ミヤマキリシマがあちこちに咲いていた。
マタエで湯布院の町を見下ろしながら昼食の弁当を食べる。
下山後、湯布院温泉で4人でコバルトブル-色の露天風呂に入る。
別府へ出て、16:00の列車に乗り、帰宅、21:30。
2005年7月20~21日
兄夫婦と私達でツア-で、霧が峰と美ヶ原へ
一日目
6時前に、家を出る。難波8時発のバス。美ヶ原着、15:30。たくさんの高山植物に癒されながら、王ケ頭のホテルに。そして、荷物を置き、高山植物を見ながら、王ケ鼻へ。少し、ガスっていたがアルプスがぼんやり見えた。
宿舎着、17:00。風呂・夕食を済ませ、三階へ。いつものように、大女将の美ヶ原の話と、美ヶ原の四季の風景のスライドの鑑賞会。その後、ホテルの車で夜景の見学に出かけたが、天気の都合でよくなかった。ホテル着、21:00。
二日目。
3:30、起床。朝焼けの山の撮影に出かけたが、曇っていたので良い写真が撮れなかった。
朝食後、小屋を出発し、四方の山・風景を眺め撮影しながら進む。
王ケ頭からも放牧場を歩く。特に、絶好の場所でのんびり草を食む牛たちが印象的だった。
牛に塩をなめさせる塩クレ場を通り過ぎ、美しの塔へ向かう。塔は高さ6m。美ヶ原のシンボルで、美ヶ原を称えた尾崎喜八の詩が刻まれている。 約一時間で山本小屋へ。天候も良くなり、最高の気分。
次は八島ガ原湿原に移動し、高山植物を見ながら約一時間かけて池を一周し、車山の山頂へ。
車山では ニッコウキスゲが満開の時期で、今年は例年になく綺麗だと言う話で女性軍のカメラもフル活動。予定の時間をフルに使う。素晴らしい景色に未練を残しながらも帰宅。22:00。
K氏D氏M氏と 夜行船で九重山と由布岳
二日目
昨夜は船の二等寝台だったので、よく眠れた。6時20分、別府着。車で宿泊地へ行き、不要な荷物を置く。途中、ビュ-ポイントで写真を。
牧ノ戸峠より登山開始、9:00。 沓掛山までの急登の坂を上りきると噴煙をあげる山が見えて来た。また、ミヤマキリシマが今が盛りと咲いて私達を迎えてくれている。
西千里ヶ浜付近はお花畑で我々はその中を進む。なんと贅沢な至福のひと時だ。
九住分れから見る周囲の山々の迫力に圧倒されそうだ。そして、九住山の山頂へ。空は快晴。南に目をやれば祖母山。その右に阿蘇の山々。北には中岳とその向こうには、頂上付近はミヤマキリシマの花で真っ赤な大船山が見える。
中岳への鞍部の御池で昼食。そして、九重山の最高峰・中岳(1791m)へ。 頂上からの景色を眺めていると同じ橋本市の人と出会う。
登山者の大部分は登ってきた道を下るが、我々は憧れの地「坊ガツル」へ行くため、法華院温泉へ下りた。
下りは、急坂の連続でマイッタが、私を励ましてくれたのが三つあった。
一つ目は今が盛りと満面の笑みを見せて咲いているミヤマキリシマ。 二つ目は、眼下を見るとテントや山小屋が点々とした「坊ガツル」がだんだん近づいてくる。
三つ目は、頂上付近がまるで山火事のように真っ赤なっている大船山。
この三つが私に元気を与えてくれ、無事下山できた。
「坊ガツル」から 2時間ほどの徒歩で宿舎へ。
水分補給と夕食後、借りたテ-プをラジカセにいれ、山をこよなく愛した男たちの「坊ガツル賛歌」を4人で合唱?した。
三日目
早朝、車で由布岳の登山口へ。最初は緩やかな草原の道を進む。
途中、樹林帯に入る頃より道の傾斜が厳しくなる。
低潅木地帯に入ると一段と傾斜がきつくなり、ジグザグの道になる。
登山開始二時間後、マタエといわれる鞍部に到着。ここは、西峰と東峰の分岐点。
我々は、最高峰の西峰を目指す。早速、鎖場が何箇所かあったが、ミヤマキリシマが咲く馬の背を慎重に進めば頂上、(1583m)。
天気は良く、湯布院の町も箱庭のように見えた。2年前、湯布院の町から見て是非登りたいと思った双耳峰の由布岳に登れた。夢が叶った。
帰りは、やせ細った馬の背を一歩一歩足元を見つめて下る。ここにも、ミヤマキリシマがあちこちに咲いていた。
マタエで湯布院の町を見下ろしながら昼食の弁当を食べる。
下山後、湯布院温泉で4人でコバルトブル-色の露天風呂に入る。
別府へ出て、16:00の列車に乗り、帰宅、21:30。
2005年7月20~21日
兄夫婦と私達でツア-で、霧が峰と美ヶ原へ
一日目
6時前に、家を出る。難波8時発のバス。美ヶ原着、15:30。たくさんの高山植物に癒されながら、王ケ頭のホテルに。そして、荷物を置き、高山植物を見ながら、王ケ鼻へ。少し、ガスっていたがアルプスがぼんやり見えた。
宿舎着、17:00。風呂・夕食を済ませ、三階へ。いつものように、大女将の美ヶ原の話と、美ヶ原の四季の風景のスライドの鑑賞会。その後、ホテルの車で夜景の見学に出かけたが、天気の都合でよくなかった。ホテル着、21:00。
二日目。
3:30、起床。朝焼けの山の撮影に出かけたが、曇っていたので良い写真が撮れなかった。
朝食後、小屋を出発し、四方の山・風景を眺め撮影しながら進む。
王ケ頭からも放牧場を歩く。特に、絶好の場所でのんびり草を食む牛たちが印象的だった。
牛に塩をなめさせる塩クレ場を通り過ぎ、美しの塔へ向かう。塔は高さ6m。美ヶ原のシンボルで、美ヶ原を称えた尾崎喜八の詩が刻まれている。 約一時間で山本小屋へ。天候も良くなり、最高の気分。
次は八島ガ原湿原に移動し、高山植物を見ながら約一時間かけて池を一周し、車山の山頂へ。
車山では ニッコウキスゲが満開の時期で、今年は例年になく綺麗だと言う話で女性軍のカメラもフル活動。予定の時間をフルに使う。素晴らしい景色に未練を残しながらも帰宅。22:00。