私の足跡 138 高野山への七つの登山口(高野七口 三谷坂)私の足跡 140 高野山への七つの登山口 (高野七口 黒河道1)

2013年08月01日

私の足跡 139 高野山への七つの登山口(高野七口 麻生津坂)

私の足跡 138 


世界遺産   高野山への
 七つの登り口 (高野七口)   Ⅳー3

             麻生津坂

 この麻生津坂も高野七口ではないが、最後は 矢立の町石道の60町石に到着し、以後高野山までは町石道を通るのでここで紹介することにする


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JR名手駅を降りる。

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大和街道筋にある国の史跡「名手宿本陣跡」
麻酔医 華岡青洲氏の奥さん 「加恵」さんの実家

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建物内部の様子。

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名手より麻生津橋を渡り、麻生津へ。


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街道には 旅人の安全を守る六地蔵がある。京・大坂道の清水にある第一の六地蔵から桜茶屋の第六の六地蔵があるように この麻生津道にもある。多くの参詣者が一つ一つのお地蔵さんにお参りして通ったことでしょう

 この麻生津道の賑わったのは、西国三番札所「粉河寺」のお参りを済ませ、次の四番札所「槇尾山」への途中 高野山詣でをした道でもあったのです。

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将棋の形の石・「将棋石」

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六地蔵の第二番目です。

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水の不自由の村民の為に、大師が掘ったという「大師の井戸」

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昔から人々を悩ましていた歯痛を治すハイタ地蔵。

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堂前の地蔵。休憩に良い所。

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第三の六地蔵。

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標高もあがり、紀の川も遥か下方に見える。

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第四の六地蔵

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梨の木峠を越えて、第五の地蔵を見たかったが今回はトンネルを越えた。

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トンネルを越えると 花坂地区の集落へ。

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最後の舗装された自動車道を登ると矢立の町石道の60町石に到着し、以後高野山までは町石道を通る。

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そして、最後の第六の六地蔵にお参りして、今回の無事の歩行を感謝する。
この地蔵は 「砂捏地蔵」といい、大師が砂をこねてつくったといわれている。

約一時間をかけて、紀伊細川駅まで歩いた。


 もう一つ、この麻生津坂とほぼ平行に通っている安楽川道(根来から矢立まで)もあるが詳細は略す。
 この安楽川道は 鳥羽上皇の最愛の美福門院 得子のお骨を高野山に納める時に通った道です。


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