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2013年05月01日

私の足跡 133  九州の歴史を訪ねて

私の足跡  133

          
   九州北部の歴史の古里を訪ねて



  2日目  3月31

    
  
ホテルの傍を流れる川の堤が桜並木になっていて、綺麗だと聞いていたが、昨夜はトラブルがあり到着時には暗くなっていて駄目だった。それで、朝食前に散歩に出かけた。

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話の通り、桜の最盛期だった。

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約20分の散歩をしてきた。ツアー客も多く見に出てきていた。

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途中 トウモロコシを干している風景を見た。

 
朝食後 8時に阿蘇へ向け、出発。

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最初は 米塚を車窓見学。火山跡だが 「神様の米塚だが苦しんでいる農民のため、この米塚の米を与えたので上部がなくなった」という優しい神様の話がある。

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広々と広がる草はらの草千里。ここから10年前にミヤマキリシマを見ながら登頂した高岳や噴煙も見える。(cf 私の足跡 12)


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阿蘇5岳の一部だが この山並みをお釈迦様の寝姿だと言われていて 今回もガイドさんの説明にも度々あった。

見学後、バスを高千穂峡へ走らせる。高千穂は天孫降臨の地と言われている。天孫降臨の地とは近くの坂本龍馬も登ったと言われる高千穂の峰とも言われている。5年前 その高千穂の峰に登って頂上の「天の逆鉾」を見て来た。(cf 私の足跡 22)
 今回は もう一つの高千穂にきた。ここも天孫降臨の地と言われている。神話の伝説が多く残されている所です。

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高千穂神社 夜 神楽の舞があり素晴らしいというが今回は日程の都合で見学は駄目。

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高千穂神社の拝殿  

 
この近くに神話で天照大神が隠れた「天の岩戸」の神社があったが時間の都合で行けなかった。

 
この後、昼食を入れ、2時間かけて高千穂峡の見学。自動車道から急な石段を下りて峡谷へ。


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九州屈指の人気を誇る神秘の渓谷  長い年月で川の水で削られて出来た。

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バスで 本日最後の見学地 国宝の「臼杵の石仏群」へ。

 臼杵の石仏は 凝灰岩の岸壁に刻まれた60余体の磨崖仏群です。平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫られたと言われています。だが、誰がどのような目的で造営したのか,はっきりは分かっていなく、今も多くの謎に包まれています。
 昭和55年から14年間に及ぶ保存修復工事が行われた。そして、平成7年6月臼杵磨崖仏4群59体が、磨崖仏ではわが国初、彫刻にあいても九州初の国宝に指定されました。見事な彫刻技術と仏の数。は、国内外で文化遺産として高い評価を得ている。
磨崖仏は8つの群れがあり、全部で60余体の仏がある。

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入り口に掲げられていた説明板

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保存・修理工事の説明板

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風雨からの風化を防ぐため、屋根をつけている。

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如来三尊像  中尊は大日如来 右は釈迦如来 左は阿弥陀如来
如来像の台座には、願文や経巻を納めたであろう円や四角の孔がある。
平安末期頃の作

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地蔵十王像 中尊は地蔵菩薩  彩色も鮮やかに残っている。
鎌倉期の作

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如来三尊像  中尊は釈迦如来 童願で親しみやい表情
平安末期頃の作。

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古園石仏   中尊は大日如来 切れ長の目に引き締まった口元が端正で気品あふれる表情で各方面から絶賛をうけている。
以前は、落ちた仏頭が台座前に置かれていたが修復時に復位された。
平安後期頃の作。

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古園石仏の説明板


見学後 バスで大分の別府湾ロイヤルホテルへ向かう。早めの到着だったので風呂も空いていて良かった。

                      本日の歩数         10137歩


drecom_yama_ya617 at 17:36│Comments(0)TrackBack(0) その他 

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