私の足跡 88* 熊野古道の大辺路 伊勢路を歩く 4 紀伊浦上駅から有井駅迄  私の足跡 90  熊野古道の伊勢路を歩く 3 新鹿駅から賀田駅迄 

2011年08月01日

私の足跡 89  熊野古道の伊勢路を歩く 2 有井駅から新鹿駅



   熊野古道の大辺路・伊勢路を歩く  

     2011年5月17日

  伊勢路 2
   有井駅から新鹿駅迄  約10km  
  
 
 今回から 現地へのアプローチの仕方を車の使用から鉄道使用に替えることにした。 
  今回は、JRジパングの3割引きの切符を使って、和歌山線・関西本線・紀勢線を乗り継ぎ松阪経由で熊野市へ。
   帰りは、新宮・和歌山を経由して、橋本へと紀伊半島を一周した。

  
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      黒色の部分は歩き終えた所 赤色の所は今回です
  
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今回以後、上記のような地図を載せますが、私達は南の方向から歩いていますので下方から上へと見てください。
 赤色の部分も緑色の部分も昔の伊勢路ですが赤色の部分は近年開発されて昔の面影がのこっていないから、世界遺産にはなっていない。
 緑色の部分は昔の面影がのこっているので世界遺産になっている。

 
有井駅から約1kmで世界遺産「花の窟」到着。
  
  hananoiwaya2[1]
       
  花の窟はイザナギノミコトの墓所と言われ、高さ45メートルの巨岩を御神体として祭る神社である。

  日本書記によると、花の窟は火の神・カグツチを生む際に負った火傷がもとで死んだ神々の母・イザナギノミコトのお葬所だといい、地元の人々が墓である岩前に季節の花々を供えたことから「花の窟」の名がついたと伝えられている。
  
    hananoiwaya1[1]
   熊野三山の親神さまとして崇敬され、「花の時には花をもて祭る」という古式にのっとって毎年春と秋に花を飾った大綱を駆け換える神事が行われる。
  
     220px-Hananoiwaya_Shrine01[1]
   大きな岩山なので遠くからでもよくわかる。

   
そして、しばらく北上すると世界遺産「獅子岩」がある。
    
    IMG_0943
    「獅子岩」と言われるが 獅子が吠えているように見えますか

    IMG_0910
    
 熊野市駅から更に約20分で松本峠の登り口に到着。

          IMG_0924
               約20分で標高約135mの松本峠に到着。

         IMG_0913
     ここ松本峠には 鉄砲傷のある有名な地蔵さんが立っていた。(4年前 語り部の研修会でも立ち寄った所)
   
    この地蔵さんには 次のような話が残っている。その昔 鉄砲の名手が早朝に峠を越えて隣の町で仕事をして夕方うす暗くなってからこの峠を通ると早朝には 無かった等身大の地蔵があった。実はこの日に完成していた地蔵を運びあげて建てていたのだ。そうとは知らぬ鉄砲の名手は妖怪の仕業と勘違いして撃ってしまったという話です。

     IMG_0920
  地蔵の左裾をよく見ると、なるほど小指の先ほどの穴がある。でも、さすが名手だけあって 急所を狙わず足下を狙っていたのに感心。

     IMG_0919

 峠から 岬の突端に出ると東屋があり そこからの風景は七里御浜のビューポイントだ。
 正面の山の突出した部分の手前は世界遺産「獅子岩」 少し離れた山の向こうは世界遺産「花の窟」である。

  IMG_0915

  この七里御浜は 「世界遺産」「日本の白砂 青松百選」「日本の名松百選」「日本の渚百選」「21世紀に残したい日本の自然百選」の五冠に輝く美しい浜で、緩やかな弧を描きながら和歌山県境の近くまで延々と25kmも続いている。

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    峠を過ぎると 小振りの石畳の道を下って、最後は厳しい道を下り 国道に出て、海水浴場のそばを通り、大吹峠へ向かう。

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いよいよ大吹峠に登り始める。道端には 行き倒れ巡礼碑があり、冥福を祈り、厳しい登山道に入る。

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  この大吹峠の前後は 珍しく竹林に覆われていた。木の多い熊野古道にあって、ここは独特な風情を醸している。竹は 水筒やカゴ、箸などの生活用品に欠かせない材料であった。
  ゴロゴロした石畳
みに竹林の落ち葉が散り敷いて足裏に程良いクッションとなり、快適だった。

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標高205mの大吹峠に到着。

072photo2-1[1]

 周辺にはスケールの大きな猪垣(ししがき)があった。ここの猪垣は総延長十数キロもあり、かつてはかなりの隠田が造られていた。往時は 毎年総出で石垣の補修をしたという。

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 大吹峠から険しい古道の坂道を下り、一度車道に出てしばらく歩くと足下に波田須の集落が見えてきた。

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 波田須と言えば、荘大なロマンを秘めた伝説が残っている。
 その昔、秦の始皇帝の命を受け、不老不死の薬を求めて中国から渡って来た徐福が、この地へ上陸したという。上の写真は徐福のお宮で地区の人々によって守られている。きっと中国のすばらしい文化を伝えてもらったお礼でしょう。

 弘法大師の伝説も伝わっている。一つ目は山から清水がしたたり、岩肌の穴に注いて出いる場所で弘法大師の御足跡水といわれている。
 もうひとつは、背の低い栗の木が植えられているが、これは弘法栗といって、子どもでも実が獲れるよう弘法大師がしたと言われている。

波田須の道[1]

 車道に出たが再び古道の須波田の道に入る。須波田神社を過ぎると、有名な石畳があった。この付近では最古で鎌倉時代のものだ。約300mと短いが石は表面が滑らかで大きく、うっすらと苔むしている。
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 手前の石畳は 江戸時代  前方は 鎌倉時代のものです。

 後、30分というところで、天気予報通りの雨が来た。雨具をつけ急いで新鹿駅へ向かったが列車に乗り遅れ 約一時間も待ち、宿泊地の熊野市駅へ向かう。



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この記事へのコメント

1. Posted by 松尾    2011年08月07日 11:33
毎回楽しみです。
勉強させて貰っています。
行きたくなります。すごいです。

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