2011年09月

2011年09月15日

私の足跡 92  熊野古道の伊勢路を歩く 5 八鬼山越え


  大辺路・伊勢路を歩く  


  伊勢路 5
      八鬼山越え

    

 
 これから越える八鬼山越えは 3年前、町石道の語り部の仲間に案内してもらった所。 

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 巡礼たちに「西国一の難所」と言われた八鬼山越え。峻険さと多雨ばかりか、かつては山賊や狼も出没して旅人を苦しめたという。この峠で行き倒れた旅人も多く、、石畳道の傍らに巡礼墓碑や町石をかねた地蔵が多く佇む。 




  前回の三木峠・羽後峠を終えた三木里駅を出発した。しばらく歩くと、三木里の海も見える。徳川吉宗が紀州藩主の頃植えたという松並木も台風や松くい虫にやられて大部分が枯れている。

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民家の間を通り抜け長柄の一里塚を過ぎるとこれから越える八鬼山が見える。

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 しばらく進むと、明治道と江戸道に別れている。勿論、世界遺産に登録されている江戸道を行く。ごつごつとした石畳道て゛急坂をもくもくと登る。

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 突然、木々の間から今登って来た三木里の町と海がみえた。

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  途中、十五郎茶屋跡や絶景の「さくらの森エリア」を過ぎるとやがて三宝荒神堂に着く。702年に修験者によって建てられたとある。かつてはここにも茶店があり、餅が名物だったらしい。堂の裏手には 巡礼たちを苦しめた山賊を退治したという僧(山伏)の墓がある。
  

  
詳細は民話としてこの項の最後に記します。


  ここから10分ほどで最高地点(627m)に行ける。
      

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    岩の形から 前にあるのが「蓮華石」 後ろ側のが「烏帽子石」と言われている。 

     
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 下り初めは こう配が緩く、見晴らしのきく尾根道でこれから下る尾鷲市も見える。


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 この八鬼山越えは 西国巡礼道一番の難所と言われているが、この難所の八鬼山越えの難所「七曲がり」を下ることになる。急坂の連続で標高差約600mを下ることになる。
 尾鷲市に着いた時はぐったりだった。

       
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 この八鬼山越えをして気分爽快のはずだが 他の街道歩きとは違う何かを感じる。
 それは、この八鬼山越えの途中に上記のような景色が目に入るからだ。
 難問だと思うが、地権者と行政の話し合いで一刻も早く解決して嫌な書き物のない道になるよう熱望しています。(今では、解決へと進んでいることを期待しています)


  
昔話  「巡礼を守る「八鬼山荒神」

 昔 
八鬼山は千古の密林で、昼も暗い道でした。この暗いのを利用していつも盗賊が出て、巡礼たちを殺して、お金を巻き上げるなどして悪いことばかりしていました。
 そのころです。一人の修験者が八鬼山にやってきました。長年修行をつんだこの修験者は八鬼山に庚申堂(日輪寺)を建て、山頂付近を根城にしていた山賊たちを、片っぱしから退治して、近在の住民や通行の巡礼から神様のように慕われました。
 また八鬼山の庚申堂は山頂に近いため、水がありませんでした。飲み水ははるか下方の谷まで何時間もかけてくみに行き 持って上がるという有様でした。巡礼たちは水を欲しがりました。
 これを見かねた修験者が、「エイ ヤッ」と呪文を唱えると、不思議なことに庚申堂の傍から、冷たい水が湧きでてきました。人々はこの水を「神明水」と呼ぶようになりました。

 この修験者は権大僧都という位の高いお方で、名前は「各真」と言いましたが、おそらく庚申様の化身に違いないと皆でうわさしました。

 この各真さんは、武芸にも秀でた方で、弟子の修験者たちにも武芸をしこみました。しかし、天正4年1月27日に自分の半生をかけた八鬼山で大往生を遂げました。

 各真さんのおしえを受け継いだ修験者は、常に山中を警戒して八鬼山通行の巡礼たちを山賊から守ってくれました。 




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2011年09月01日

私の足跡 91  熊野古道の伊勢路を歩く 4 賀田駅より羽後峠・三木峠越え迄



   大辺路・伊勢路を歩く  


  伊勢路 4
      賀田駅より羽後峠・三木峠


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  賀田駅の近くの宿舎「まさはる屋」を7時前に出発。この宿舎は釣り船を持った釣り宿だ。
  私達も宿泊した夕方も主人は多くの釣り人を連れて帰って来た。皆は釣った魚を持ち、満面の笑みで写真におさまっていた。部屋の中には所狭しと見事な「魚たく」が並んでいた。
  もう一つは、私達のような古道歩きの人の面倒も見てくれる宿だ。新鮮な魚を中心とした料理で堪能した。そして、後日私達を撮った写真とお礼の手紙が送られてきた。

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      宿を出て、20分位で羽後峠への入り口である山道に取りつく。

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     10分位で 古道歩きにはよくある大きな屋敷跡に到着。

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    峠へ続く苔の石を敷いた山道が延々と続き、我々はそれを登っていく。

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    やっと羽後峠に到着。宿を出て1時間弱 予定通り 小休止 そして宿のおかみさんににぎってもらった朝食のおにぎりを。
    

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  上の写真のような急坂を下ると農道に出てしまった。マップには殿様道という近道でアップダウンの少ない路があったが分岐点の道しるべを見落としたらしい。

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   農道をしばらく歩くと三木峠への登り坂が待っていた。     

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   羽後峠にもあったが、ここにも「ししがき」が延々と続いていた。

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    また、旅の安全を守るための神仏が祀られている。多くの旅人を見送ったことでしょう。     
     
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    峠の手前から急激な登り坂にとりかかる。

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   やっと三木峠に到着。宿を出て、約2時間半。標識では三木里駅の近くの八十川橋まで残り約2kmとある。

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   高台からの景色。「桃太郎岩」(手前の二つに割れた岩)の向こうには広大な賀田湾が見える。紀州の殿様もここから同じ景色を眺めたことでしょう。     

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  列車の発車時刻があるので最後は小走りで、目的地の三木里駅に到着。宿を出て3時間。     


  伊勢路を歩いているが、最近になり見つけ出したという道があちこちにある。この峠の道も近くに住む初老夫婦が発掘したと聞く。素晴らしい事だし、有り難いことだ。


  




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