2010年07月

2010年07月20日

私の足跡 59 中山道を行く  6  十二兼駅~薮原宿

私の足跡  59

 中山道を行く 6  十二兼駅 ~ 薮原宿   49km

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     青線は 今までに記した部分  赤線は 今回記す部分




  JR十二兼駅を出て、左手に木曽川を見ながら、野尻宿まで約7kmを進む。
   
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  途中 前方に雪を被った中央アルプスの山々が見えてきた

  野尻宿は、本陣跡とか脇本陣跡の碑があるが、昔の風情があまり残っていない。
  野尻宿から2時間足らずで大桑集落に入る。
  この辺り、道の片隅、山の裾、大木の下等に石仏・道祖神や康申塔がひっそりとたたずんでいる。信仰心をもった人々が 何代にも渡って静かに暮らしてきたのが良くわかる。

IMG_8681 天長院の五百羅漢像。
  
天長院の庭にあるたくさんの石仏の中に、マリヤ地蔵といわれる子育て地蔵があり、興味をひいた。
 地蔵が抱いた子供の着物の紐が十文字になっているから この名がついたらしい。

IMG_8676 伊奈川観音又は橋場観音ともいわれる。
  
山裾の崖の上に 木曽の清水寺いわれる岩出観音堂が美しくそびえていた。

  観音堂から約1時間で須原宿に入る。

  須原の町は 今も宿場の情緒を色濃く漂わせる街並みを保っている。

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 宿の中央に用水路を通し、裏山から引いた豊富な湧水を檜の大木を刳り抜いた長い水槽にあふれさせ共同井戸として利用している。「水舟」と呼ばれ、飲料水として飲めるという。
  ここには、子規の句碑や露伴の文学碑があった。 
  
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また、一里塚跡の標識が出ていた。(左右両方に榎の木が植えられていたとある。)

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  約10km少し歩くと、
木曽八景の一つ「小野の滝」がある。今はJR中央線が滝の上を通り,イメージを壊している。

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   まもなく、有名な「寝ざめの床」が見えてきたので、休憩を兼ねて川へ降りることにした。
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  古くから奇勝として知られた寝ざめの床をゆっくり見学する。
IMG_8613 上松の宿
  そして、上松宿に入る。ここは度々の大火にも焼け残り、宿場の面影を今に残している。


 上松宿より、5kmで昔の旅人を悩ました「木曽の桟」がある。今はその跡にコンクリートを使った道を造り、安心して通れるようになっている。

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 今夜の宿は 福島駅前の「むらちや」です。 昔の面影を残す宿だった。料理も良かった。
IMG_8701 小さなくぐり戸から中へ。

 小さなくぐり戸をあけて入るのが良かった。

 
翌早朝、今回の目的地「薮原宿」へ向け、出発。

IMG_8755 福島の関。
 巨大の冠木門が道を跨いで立っている。

IMG_8761 関所復元
 右手山腹の細い道を歩いていくと関所跡が復元されて見学ができた。
IMG_8768 木曽福島代官山村氏屋敷跡
 時の権力者 山村代官下屋敷の見学   詳細は次の看板を 

 
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 翌日 約5km歩くと やっと上の標識があり,うれしいやらまだ半分かという複雑な気持ちになる

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右手には 中央アルプスが見え、木曽駒ケ岳が見え、F氏と登った山での2日間を思い出す。

  ここから 宮ノ越宿までは悲運の武将 木曽義仲氏の故事にまつわる地名や建物が多かった。
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 義仲館の入り口に 義仲・巴御前の像があり、建物の中には展示品も多く、参考になった。

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 徳音寺は義仲の菩提寺といわれ、義仲・母の小枝・巴御前の墓があった。ご冥福を祈った。 

 
薮原宿に入ると、本陣跡は何も残っていない。脇本陣跡も役場になっている。ただ、お六櫛を製造・販売する店が古色蒼然として数件残っている。
 「お六櫛」について 次の話がある。
 江戸時代 この宿はお六櫛の生産で栄えた。お六櫛はもともと妻籠宿のお六という娘が考案したとかで、かの地の名産品であった。材料はミネバリという粘りのある堅い木である。ところが妻籠周辺では、そのミネバリが不足しはじめ、薮原からも購入していた。それを見ていた薮原宿のある人が不甲斐なしとして、虚無僧姿の産業スパイとなって妻籠宿に潜入、苦心の末にその技術を盗み出してきたという。その後、みんなで技術を磨き、改良を加え、やがて旅人が土産に買うので京・大坂・江戸にまでも、その名が知られるようになった。江戸時代も中頃の話である。


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2010年07月15日

私の足跡 58 中山道をゆく 5 中津川宿~野尻宿 


    中山道を行く  5

   中津川宿 ~  野尻宿


  今回は中山道ベストの街道を歩くことにする。「木曽路はすべて山の中である。」との中山道のハイライトを行くのである。
 したがって吾々のテンションを高めるためにも宿泊所も最高の所(一番宿泊したかった所)にした。(実は この区間を 一番最初に歩いてテンションを高めた)

  中津川に 列車が到着後、落合宿に向かう。

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  早速、眼前に高札場跡があらわれる。

   
IMG_6558 中仙道落合の石畳道。岐阜県史跡指定。

    岐阜県史跡の「落合の石畳」 何百年も前からの道を歴史の重みを感じながら歩を進める。

  
すぐに「山路来て何やらゆかしすみれ草」の芭蕉の句碑がある。

   
8m、日本百名山

  右手には恵那山が見え始めた。(妻籠宿を越える頃までまるで見守り励ましてくれているようだった。)

  上り下りの道を行くと落合宿である。
  落合宿は 常夜燈や本陣跡が目をひく静かな街並みである。

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  とりわけ加賀の前田家から贈られたという門を伝える本陣跡は、今も住みながら保存されている貴重な遺構である。

  

   
落合川を越えると狐膏薬で名を馳せた医王寺に出る。

  
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 そして、深い木立の中、旧街道当時のままの姿を残す十曲峠の急坂を登る。

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 しばらく歩くと「是より北 木曽路」の碑がある。
   
  いよいよ これで美濃の国とも別れ、木曽の国に入る。
ほどなく石畳の道となり「送られつ送りつ果は木曽の龝」の芭蕉の歌碑がある。
 

   
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    そして、木曽路の南端・馬篭宿に入る。
       
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    まるで、タイムスプりッドしたような感じの町に入る。道の両側には趣のある建物が当時の風情を残して建ててある。

  馬篭宿と言えば、「夜明け前」の作者・島崎藤村の生まれた所です。
  何度か来訪しているので、今まで行っていない所の見学をする。
  
  IMG_6590 島崎藤村の墓

  まず、藤村の墓がある永昌寺に行き、お参りをする。    

  そして、資料館も2軒見学。

    IMG_6616 馬籠茶屋辺りの夜景

  そして、念願の旅籠に泊り、町に灯りのついた夜の雰囲気を味わう。我々の宿泊した旅籠は左側の旅籠風の民宿だ。  
 食事は向かいの馬篭茶屋で頂く。疲れを癒すため般若湯をいただき、明日の好天を祈り、寝る。

 

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  翌朝、雨が少し残っていたが出発。
  
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  ここから、標高 801 mの馬篭峠までは、一部は石畳の坂道だが上りの連続です。
      
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    途中の集落にあった旅籠「つたむらや」さんです。

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    途中の一里塚に植えられている梅が満開で見事であった。

    やっと妻籠宿に到着。

     IMG_6736 妻籠宿
     IMG_6751 妻籠の街並み
      
   ここは、日本の街道の中で最も活性化に成功した地域であると思う。
      少なくとも、外観は江戸時代の宿場の有様を保っている。

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    高札場、水車小屋、本陣など見事である。
    また、脇本陣の奥谷郷土館等に入館しても勉強になるし、嵯峨屋さんの見学 
    も 楽 しかった。
    
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     南木曽駅に近づくとさすが木曽の駅で材木の集積場として見事である。

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     また、近くに桃介橋という橋があった。
        大正11年に架けられたが今も現役として使われている。

      今回は 三留野宿を過ぎ、木曽川を遡って十二兼駅まで歩いたことになる

     IMG_6816 かきぞれ橋を渡って十二兼駅に向かう。

                木曽川に架る橋を渡る。 
          
      IMG_6820 木曽川はこのあたりは白一色。

            その下を流れる木曽川。

      IMG_6830 とうとう上野先生は、石を放って追い返しました。
      
       今回の旅の後半約2時間行動を共にした犬。地元の人に聞くとこの犬は鹿
      や猪を追い払う犬でいつも放し飼いにしているとのこと。何を思ってか駅まで 
      送ってくれた。




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2010年07月12日

私の足跡 57 中山道をゆく 4 太田宿~中津川宿

お詫び

 永らく記事を公開出来ずにいて、
皆様にご心配とご迷惑を
おかけしましたことをお詫び致します。
 
その理由は、ブログの会社がドリコムからライブドアーに変わった時に手違いが起こり、トラブルに巻き込まれ復旧までに時間がかかってしまったのです。
 名誉挽回のために公開の回数を増やし、内容も充実しますのでよろしくお願いします。 

私の足跡    57

 中山道をゆく 4     51「太田宿 」  ~   45「中津川宿」  約55km

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   青い線は既に公開している部分  赤い線は今回公開する部分

 太
田宿より、約8kmで伏見宿に着く。途中、季節はずれで見られなかったが
有名な「日本ライン下り」の川の堤防を通った。
 その後は、交通量の多い国道を通って伏見宿へ。


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  伏見宿は、町の中を国道が通っているので昔の遺跡を残す面影は殆んどなかった。
 
目についたのは 公民館前の本陣跡だった。
  伏見宿からしばらく国道を通り、4km先の「御嵩宿」に到着。


 御嵩宿は願興寺を中心に栄えたとある。この寺は平安期の開創の古刹で
「蟹薬師」とも言われ、重文級
の仏様が多いとある

 
今後の旅の安全をお祈りをして出発する。

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                 御嵩宿を出て、しばらくすると和泉式部の墓がある

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 この付近より山間部に入り、坂道も多くなってきた。急坂なので牛の鼻が地面に
こすり、鼻が欠けるから「牛の鼻かけ坂」とか 旅人が自らを元気付けるために歌を唄ったという「謡坂」とかがある。
 その外に、「耳神社」とか「一呑の清水」等もある。

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 また、 約20年ほど前に見つかった「隠れキリシタンのマリア像」等もあり、
「細久手宿」までの約18km楽しく通れた。

   細久手宿は 名前のように街道筋に沿った細長い宿である。

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 あまり古い建物が残っていない宿場での中で、目を引くのは今も旅館として営業を続けている旅籠の「大黒屋」である。当時旅籠でありながら尾張藩指定の本陣で,卯達のある外観から上段の間の残る内部まで当時の雰囲気が残している。女将さんも気さくな人で内部も見学させてくれた。このような旅館に泊まり、当時の雰囲気を味わってみたいものだ。

 この宿より次の大くて宿までは、6kmだが、その少し前から有名な「琵琶峠」に入る。標高540mである。

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 この石畳は、日本一長いとも言われている。明治以降。埋もれていたが、昭和45年に発見され、現在の形になっている。石の大きいのが特徴で2m近くもあるのもある。
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この峠には、和の宮の歌碑やいくつかの文学碑がある。後方のお椀のような小山は一里塚跡である。



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大くて宿には、神社の樹齢1300年と推定される巨樹があり、見事なものだ。
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  それと石段から 門・建物に至るまで当時の面影を残している脇本陣が印象に残っている。

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 いよいよ「十三峠」という登りの始まりです。
  大くて宿から次の大井宿までは14kmもあり、その上に「十三峠」というアップダウンの多い道である。 

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 途中に三城峠・乱坂・平六坂・紅坂などの坂を登ったり、下ったりしていると西行塚が見えた。西行の墓といえば大阪の河内の弘川寺が有名だがここにもある。


  西行塚から2kmで大井宿に着く。ここは恵那市の中心地である。

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大井宿には、六ヶ所の枡形があり、昔の面影が多く残り、上の写真は本陣跡で表門と庭園しか残っていないが、りっぱな門構えは充分な威容を誇っている。



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 また、疫病などが宿内に入ってこないようにということで石仏群があったり、また高札場もある。


 大井宿から10kmで中津川宿に到着。

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当時から経済の中心地で、今も当時の面影をたくさん残していた。楽しいひと時を過ごせた。



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