私の足跡 40 伊勢街道 奈良県私の足跡 42 東北の三山へ登る

2009年09月01日

私の足跡 41 伊勢街道 三重県

    伊勢街道を行く

 3  見峠から伊勢神宮まで (三重県)    約 80 Km

 一日目
 
  高見峠から森(香肌峡)まで     約 20 Km

 K氏との2台の車で出発し、一台は高見峠に置き、もう一台は本日のゴ-ルの森(香肌峡)に置く。(この間 公共交通機関が無いから。)img20090713_1.jpg
 高見山の登山口(標高約450m)を9:00に出発。
 昨夜の雨のお陰で涼しく登れ有難かった。
 高野山町石道の植物の様相とは違っていた。
 小峠を過ぎ、大峠(約900m)に10:40に到着。
 ここから、頂上(1249m)までは急登で約一時間。


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 ここから、舗装された旧国道があったが 我々はこの近くから江戸時代からの伊勢街道に入る。img20090713_3.jpg
 
 道は細いが、所々に標識や墓標があり、茶屋跡等があり、楽しく下れた。途中、舟戸で昼食。
 山百合で有名な「波瀬」には、13:00過ぎに到着。「波瀬ユリ」は絶滅寸前となり、今、地元を上げてその保護に取り組んでいるとのこと。
 成功し綺麗な花を見せて欲しいものです。私たちは花季には早く 見ることが出来なかった。
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 波瀬は「波瀬ユリ」だけでなく、昔の家並みも残り、楽しませてもらった
 そこから、約一時間半で乙栗子に到着。ここでも、ユリの保護に取り組んでいた。
 気温も上がってきて、暑くてバテ気味の時、待ちに待って食べたアイスの美味かったこと。元気が出てきたので本日のゴ-ル地点森(香肌峡)の集落へ。16;00着。img20090713_5.jpgimg20090713_6.jpg        











 「森」に置いてあった車に乗り、途中の街道より約7Km北方にある中央構造線の断層が露出しているという珍しい所(月見露頭)に行くことにした。山道で道は細く、登り道で時間がかかった。しかし、二度と見ることが無いと思う所なので 良かった。
 高見峠からは各自の車で帰った。私は丹生川上神社中社に寄り、見学する計画で道を変えたが義母の危篤の電話が入り、急いで帰る。


二日目
  
  森(香肌峡)から小片野まで     約 30 Km 

 森(香肌峡)から出来るだけ伊勢に近づくことが大事だ。
 このコ-スは路線バスの通っている道なので 車は一台ですむので各自で行くことにした。
 早朝、5時に出発。スイスイと進み、6時40分森(香肌峡)に到着。出発。
 早朝で気温も低く、快調に距離を稼ぐ。飯高町コミュニティセンタ-に到着。img20090715.jpg 

 櫛田川の上流で川の水も綺麗で、奥香肌峡キャンプが下に見える。シ-ズンになると賑わうことでしょう。

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 道端には いろんな草花が咲き、疲れを癒してくれている。
 ねむの木の花も「見てください」と言わんばかりに咲いている

 途中、「道の駅」より、昼食のお弁当を買い 昼には少し早いが朝食が早かったので食す。
 イベントのリハ-サルを見て出発する。

img20090715_2.jpg

 10時すぎに 数人の人達がお宮に集まって作業をしていたのでいろいろと話をしてもらった。本殿の裏側には樟の大木があると聞いたので見せてもらった。
 私の後にも数人が見学に来ていた。


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 飯南町は お茶の産地で四方の山すそにはお茶畑が点在していた
 また、出来たお茶を売る店もあった。
 お茶を飲ませてくれる店もあった。
 
 松阪に 近づいて来たので人口も多くなり、コンビ二も目に付いた。

 13:00に道の駅「茶倉」による。道から少し離れた高台にあった。

 この頃から青空が広がり、暑さが厳しくなり、歩行のピッチが落ちる。
今日は、朝から曇り空で二度通り雨にあい、雨具をつけても涼しく歩けたのに急な日照りで暑さが身にしみる。
 ラッキ-なことにス-パ-があったので中に入り、冷たいものを買い、そこで飲んだり、帰りのバス(15:36発)または車(16:40発)でも飲む。
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 帰路、見逃していた八角形の釣鐘を見学。少し古びたお寺だが大寺院の面影があった。鐘自体が八角形で法華経が刻んでいた。どんなありがたい音色か聞きたいと思いながらその寺を後にした。


 三日目

   小片野から伊勢神宮まで     約 30 Km 

 今回で 伊勢街道の最終日。 早く行きたいが7月中旬になると涼しい日がない。パソコンで伊勢地方の気温を調べ、14日に決定。公共交通機関で行くと伊勢の歩き始めは遅すぎるので車を使用することにした。
 早朝 4時に出発。小片野の歩き始めは5時半。朝の涼しい内にと思い、ピッチを上げ、勢和に着き、そこから和歌山別街道を通り、勢和多気に。そして、当初の目的地・五桂池ふるさと村へ。8時過ぎ、着。食堂・娯楽施設があり、賑わうと思うが、本日定休日。
 しばらく歩くと熊野参詣道との分岐がある。紀伊半島の外周を歩くには ここが始発点となる。次回は紀伊半島の外周を歩くという目標ができた。
img_3655.jpg 成川弘法大師のお堂があり、近くに烏瓜(カラスウリ)の花があった。(この花は夜中に咲くと言われている。この時刻は 萎み始めていた。)

 外城田の集落には、道標・神社・お寺が多くある。たくさんの神仏に手を合わせ交通安全を祈る。

 涼しい日を選んだが、気温も上がり、辛くなる。「田丸城址」が見え出すと元気が出たが過ぎるとがっくり。熱中症に気をつけるため、木陰での休憩と水分補給の回数が多くなる。

 田丸には、古くからの醤油工場があると聞き探し求めたが意外だった。img_3666.jpg}「紀州街道」の碑を見て(ここで、大阪からの伊勢本街道と和歌山からの伊勢街道の合流点)、進むと古い家並みが続く。建て方は伊勢神宮を意識した独特の建て方である。伊勢が近づいた感じがする。

 中学生がテストだと言うことで下校してくる。態度がよくて殆んどの子が挨拶をしてくれる。元気がもらえて嬉しい。

 田んぼの中に東屋の休憩所があったので飛び込み休憩。先客に男性がいたので喋りながら休憩。軽い昼食。
 ゆっくり休憩し、度会橋を渡り、外宮までの約一時間を頑張ることにする。

 30分ほとで「柳の渡し場跡」に到着。文字が殆んど読めない看板があるだけ。
 尾崎行雄の立派な記念館が建てられていた。
 長い「度会橋」を渡り終え、外宮前で昼食。
 室温で身体も冷えて来たので、内宮に向け、出発。
 (最近 義母がなくなったばかりなので、両宮とも参拝を控えた。)
 外宮前は 交通量が多く、歩いて内宮への道は 地図を見てもわかり難い。
 img_3674.jpg気がつくと「皇學館大」を通っているので、遠回りの道を歩いていることがわかったが、木陰もあるのでそのまま歩いて、「猿田彦神社」に寄る。
 もう木陰もなく、グロッキ-気味だったが、「おかげ横丁」が見えてきたので元気が出た。

 かき氷の店に飛び込み一杯いただく。中には 「餡と餅が入っていて上から抹茶をかけたもの』500円。店の中には 3~40人が入り、外で待っている人もいた。


img_3678.jpg
  
 内宮の橋は立替で工事中だった
 タクシ-の運転手と立ち話をすると昨日よりましだがすごく暑いと言っていた。(橋下さん・東国原さんら熱い人が集まって全国知事会を開いているからだよと笑いあう)
 
 内宮 4時頃 最初バスで五十鈴川駅へ  近鉄で松阪へ  そしてバスで
 小片野へ。5時頃 車で まず高見峠を そして、橋本へ。


 紀伊半島横断 約180Kmを7日間で歩いた。その内4日間は四国歩きの夏休み(6~8月)を利用して歩いた

 次回からは、今年から始めている「四国遍路一人旅」の様子を書きます。

      



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