私の足跡 36 熊野街道 布施屋駅~田辺私の足跡 38 熊野街道 滝尻王子~本宮大社

2009年07月01日

私の足跡 37 熊野街道 田辺~滝尻王子

img_1285.jpg

Ⅲ 今回は 熊野三山への入り口なので「口熊野」ともいわれる田辺から滝尻王子までの約24Kmを2日間かけて歩いた記録を記します

img20090520.jpg

 田辺では 前回 ナショナルトラスト運動のきっかけとなった天神崎を書きましたがもう一人忘れてはいけない人がいます。その人は わが国で最高の粘菌学者で世界でも知られ、自然保護にも尽力された南方熊楠である。南方熊楠が眠る墓は高山寺にある。日本の大学では物足りず、海外でも研究した。十八ヶ国語に精通し、知人も多く、中国の孫文や昭和天皇もその中に含まれる。神坂次郎著「縛られた巨人」参照
 
 「南方熊楠」「天神崎の自然を大切にする会」の拠点となった田辺は、地球規模で自然環境の危機が叫ばれている今日、再び自然回復運動の推進役となり、先頭を切っている団体がある。その一つは、「いちいがしの会」である。2002年 自然環境功労者環境大臣賞受賞。
 杉・ひのきの人工林による森林破壊がもたらす危険性を長年にわたり、訴え続けている地元の生物研究家後藤伸さんを中心に、100年先を見据えた壮大な計画で、熊野の森の再生に乗り出している会です。
 「今日の森林破壊は、過去50年の結果であるとすれば、元の自然をとりもどすには、その5倍も10倍もの年月がかかるかもしれません。しかし、今取り組まなければ、自然の回復は、もはや夢に終わるでしょう。私たちと手を取り合って、多種多様な多くの樹々を育て、西南日本の原点といわれる[熊野の森]を復権させる人の輪を、少しずつでも広げていきませんか。21世紀以降に続く私たち子々孫へのメッセ-ジとして・・・・・・。いちいがしの会(原文のまま)
img20090520_3.jpg

img20090520_1.jpg img20090520_2.jpg










   いくつかの王子社跡を通り過ぎながら 一路ゴ-ルを めざす。

 田辺を出発する時、出立王子の近くで潮垢離をして、出発したらしい。
 古道は下三栖へ向かうと白鳳時代に建てられたらしい三栖廃寺塔跡(国指定史跡)があり、礎石が残っている。 
img20090520_4.jpg
 
 「安珍・清姫」の清姫の墓がある。安らかに眠っていることを祈る。

 八上神社が八上王子跡だ。西行の句碑がある。
 西行は 鳥羽院に仕える文武両道に秀でた北面の武士だったが出家して歌人として生涯を終えている。白州正子著「西行」に詳しい。

img20090610.jpgimg20090610_1.jpg










 稲葉根王子宮の近くの富田川に水垢離場跡の石段が残っている。御幸の時代
水垢離・潮垢離をして罪や穢れを流し、心身共に清新な身体でお参りをした様子がわかる。
img20090520_5.jpg img20090520_6.jpg










 そして、今回の終わりの滝尻王子社に到着。 今回距離は短かったが歩き初めの地点まで時間がかかり、2日間かかる。
 

 この滝尻王子は 五体王子の一社で上皇らは歌会や神楽を奉納した。
 近くに熊野古道館があったが開館時間に合わず残念だった。

 この間、約25Kmです。五体王子の1社・王子社の数7社です。


トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
私の足跡 36 熊野街道 布施屋駅~田辺私の足跡 38 熊野街道 滝尻王子~本宮大社