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2009年06月01日

私の足跡 35 熊野街道 大阪天満橋~布施屋

 今回は (本来は 京都から書くのが通常と思いますが 以前私のブログに記しているので省略)大阪の天満橋より岸和田・和歌山・海南・田辺を通り、本宮までの熊野古道を延べ日数10日以上(家の近く・又は職場の近くの場合は半日を使ってでも歩いた)かけて歩いた。
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 この間を1 大阪市よりJR和歌山線の布施屋駅 総延長 約78Km
      Ⅱ 布施屋駅より田辺まで         総延長 約105Km
      Ⅲ 田辺より滝尻まで            総延長 約24Km
      Ⅳ 滝尻より本宮まで            総延長 約39Km
                          

  の4回に分けて書くことにする。
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 今回は 1 大阪市の天満橋より堺・岸和田を通り和歌山県境を越え 吐前王子(JR和歌山線の布施屋駅近く)までを記す。

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                  当時の天満橋
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                  現在の天満橋付近
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 平安時代 京の都から船で熊野御幸に出た上皇らは大川の渡辺の津(窪津)で船を降りた。現代の天満橋付近がそこに当たり、近世には八軒家浜と呼ばれ、三十石船の発着所として栄えた。img_1182.jpg

 八軒家船着場跡の碑が天満橋駅前の「永田屋」の昆布店の前にある



 当時 京から大阪までは船を使い、半日で大阪に着いたらしい。

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 船は 三十石船を使い 写真のように「くらわんか船」から食べ物を買い大阪に着いた。

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 上の写真は 阿部王子神社周辺の古い町並み。 

 御幸一行は 沿道に点在する九十九王子と呼ばれる熊野権現の御子神を祀った王子社に礼拝しながら熊野へ向かった。

 左の写真は 阿部晴明に関わる阿部神社
 阿部神社の近くに 阿部王子神社が大阪府で唯一現存する王子社だ。

 四天王寺や住吉大社へも参りながら南へ向かった。堺を通り、岸和田を通り、山中渓へ。img_1230.jpg

 JR阪和線の山中渓駅の近くには 山中宿本陣跡や旧庄屋屋敷等の古い家並みが今に古道の面影を残しています。ここより県境の「雄の山峠」までは歩道のない車の通行量の多い所も通り、目指します。中山王子の手前に「日本で最後の仇討ち場」という碑がある。1836年とある。これと同じ事例が「日本で最後の仇討ち場」として高野山への京・大阪道の途中にある。1871年とある。

ここから「雄の山峠」までは登り坂が続き、「峠の不動明王」を過ぎると下り坂となり、標高差100m程くだる。この間、紀ノ川平野・紀伊山地の長峰等を眺めながら和歌山の道を進む。img_1231.jpgそして和歌山では 最初の「山口王子」を通り、道標をたよりに歩を進めると紀ノ川に架かる約700mの長い橋を渡ると「吐前王子」に着く。ここからJR「布施屋駅」までは少しだ。
 布施屋(ほしや)の地名は、かつてこのあたりの人々が熊野詣の旅人を接待(お布施)をしたことに由来する街道上の要所だった。

 ここ「吐前王子」までの約78kmの間に、27の王子社又は王子社跡を通り越した。



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