2008年04月30日

私の足跡 7 茶臼岳・白根山・尾瀬・八経ヶ岳・剣山・石鎚山

私の登山で どの山を登るかは自分のこだわりでも選ぶと「私の足跡1」に記しましたが、その一つは日本の山の高い山ペスト10に登ることでした。そして、1998年にこの目標を達成した。              
 但し、 この高山ベスト10には、異論のある方がいると思いますが、これはある登山者が書いた書物を参考にした。
 

                    日本の高い山ベスト 10

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第一位    富士山    3776m                 

第二位    北岳     3192m

第三位     奥穂高岳   3190m 

第四位    間ノ岳    3189m

第五位    槍ヶ岳    3180m

第六位    悪沢岳    3141m

第七位    赤石岳     3120m

第八位    涸沢岳     3110m

第九位    北穂高岳    3106m

第十位    大喰岳     3101m



 私の百名峰は「私の足跡24」に記載




1998年10月30~31日

 兄夫婦と私達で東北地方の紅葉を見に行った時那須岳と白根山へ。                                

 一日目

 那須高原を見学後、那須連山の主峰「茶臼岳」へ。ガスがかかり、遠景も見えないため、ガレ場を駆け上り、頂上へ。そして、下山。



   二日目                 
 湯釜の見学後、反対側の展望台に登り返す。白根山が綺麗に見えた。


1999年6月3~6日

 兄夫婦とツア-で尾瀬の水芭蕉を

大阪駅前を8時に出発し、2時間おきぐらいに休憩をしながら、日本海側を通り、尾瀬へ。

 二日目

 朝食後、沼山峠へ。そして、10:00に出発し、途中尾瀬沼が見えたとき感激。img20080430_1.jpg大江湿原の木道の周辺には、水芭蕉が咲き乱れていた
 長蔵小屋で昼食。尾瀬を開発の波から守った平野長蔵一族の墓参をし、冥福を祈り、尾瀬の自然を守った偉大な人物に感謝。
 沼尻・白砂峠を経由して、約3時間かけて、




img20080501.jpg下田代十字路の宿舎「弥四郎小屋」に着いたのは 16:00. 風呂があったのでびっくり。汗を流すことができ、有難かった。夕方、小屋周辺を散策した。

 
三日目

 早朝、夜明け前より小屋の前に出て、明るくなると共に木道を通り、散策に出かける。もやがかかり、鳥の鳴き声が聞こえ、幻想的な雰囲気にひたる。たくさんの花のなかに「ザゼンソウ」も見つける。
 朝食後、外に出ると、燧ケ岳がボンヤリ見え始めた。天気は良くなりそう。女性的な滑滝と男性的な三条の滝の見学。滝壷のそばにカモシカの親子がいた。img20080430.jpgヨッピ橋を通り、竜宮小屋付近で昼食。雪のある至仏山をバックに水芭蕉は最高だった。途中、素晴らしい景色を写真に収めながら、山の鼻へ。そして、鳩待峠へ。バスで夜遅く、水上温泉に到着。/大>。

 四日目

ホテル発、8:00.帰りも2時間ごと位に休憩をとり、帰阪。難波 20:00に乗る。


1999年7月11日

 K氏とS氏とでK氏の車で近畿地方の最高峰『八経ヶ岳」へ

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 7時に家の近くで乗せてもらい、下市でS氏と合流。行者還トンネルより登山。2度目の計画。前回雨天のため、延期。今回は天気もよく、花の時期もよく、憧れのそして伝説の名花「オオヤマレンゲ」に会うことができた。





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白く、可憐で清楚で気品に満ちた花
にうっとり。日本にはないと言われていたのが、ここ大峰山で発見されたことからこの名がつくと言う。中国では、天女花と呼ばれている。







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 鹿の被害で、絶滅寸前とのこと。被害から守るため、オオヤマレンゲの群生を金網で囲い、我々人間がその網の中へ入り、花を見るという施設を作り、被害から守ってくれている苦労に感謝。いつまでも、残して置いてほしい自然です。
 頂上での昼食後、憧れの名花を見たのと、S氏の作ってくれたコ-ヒ-の味で心身共に暖かい気持ちになり、至福のひと時を過ごす。



1999年 8月 7~8日 

K氏S氏M氏で四国の名峰『剣山』『石鎚山」へ

一日目

  金剛駅発、5:40。 M氏の車で出発。鳴門大橋を渡り、剣山の登山口へ。
 天気は悪く,風雨にたたかれる。頂上へは 木道が敷かれていて三角点があった。img20080413_5.jpg 


  下山後、祖谷のかずら橋に寄って帰ることにした。先ず、山奥のかずら橋により、次に一般に有名なかずら橋に寄った。山奥のかずら橋は雰囲気はあったが一般のかずら橋は観光化されていて、残念だった。 車で、金比羅山の近くのホテルに宿泊した。夕方、金比羅山に参り、明日からの無事と天候を祈願した。天気も良かったので、讃岐富士も綺麗に見えた。
 夜、屋上の露天風呂に入り空を見ると、星も見えたので明日からの天気は良いと確信した。


 二日目                   


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 宿舎を7:00に出発。9:30登山開始。 石神神社より 登る


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 さすが、修験者の山だけあって、鎖と岩場が現れた。今日も天気は悪く、頂上に近づくにつれ悪くなったので、試しの鎖48mと一の鎖を使うだけにし、後は一般の道を登った。頂上、12:00。雨が降ってきたので、急いで昼食を済ませ、下山した。

 下山すると晴れてきた。しまなみ海道を通る頃は快晴。絶好の景色を楽しみながら帰る。金剛着、22:00. 帰宅、23:00.


 

 


2008年04月11日

私の足跡 6 北岳・間の岳・悪沢岳・赤石岳

  1997年7月30~8月1日

K氏D氏M氏と夜行で、北岳・間ノ岳へ

 二日目

 大阪を前夜発、塩尻に明け方に着き、2時間後中央本線で甲府へ。
 駅前の「吉野家」で朝食をとり、昼食用の弁当を購入。バスで広河原へ。
 登山開始。野呂川に架かるつり橋を渡り、広河原山荘のそばを通り、しばらくは、渓流に沿って歩く、何ケ所か川を横切ったりしていると3時間ほどで二股に到着。ここで、白根御池小屋へ行くか、小太郎尾根経由で肩の小屋へ行くか各自の体調を見て、相談した結果、肩の小屋行きに決定。小太郎尾根への右俣コースは急登の連続で体力が消耗。それに、ガスがかかり、遠くの景色も見えず、相当疲れる。やっと、標高3000mに建つ肩ノ小屋に着く。シーズンと重なり小屋は超満員だった。
 

 三日目

 早朝、小雨の中、頂上へ出発。ずっと岩場の道が続き、本来なら南アルプスの大展望を楽しみながらの登りとなるはずだが、ガスがかかり、サッパリテで残念だった。clip_image002_r.jpg

 でも、高山植物が咲き乱れ、私達を迎えてくれ、癒してくれたのがせめてもの幸せだった。わが国第二位の高峰・北岳(3192.4m)に到着。この頃よりガスも取れ始め、富士山などは見えなかったが、近くの仙丈岳や甲斐駒ケ岳がチラチラと姿を見せてくれた。




img20080317_1.jpg 北岳を後にして,北岳山荘に向かう。急坂の岩場を下り、つり尾根分岐を直進し、いくつかの岩の山を登ったり、巻いたりして2時間足らずで北岳山荘に着く。今日、ここに宿泊するので、荷物を預け、軽ザックで間ノ岳へ。

 高山植物の多い岩屑の道を登ると1時間足らずで中白峰(3055m)。そこから3000mの稜線を登り下りを繰り返し、約1時間で第4位の間ノ岳(3189m)へ
 頂上は広々としていて、標識で頂上とわかる。
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 北岳山荘に戻り、宿泊の用意。皇太子さんも泊まったそうでテレビもある立派な山小屋。意外に空いていた。夕方から晴れ出す。
見えなかった北岳もよく見えるようになった。夜空の星はスゴクよかったらしい。


 四日目
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朝、暗いうちに(午前4時) ご来光を見るため小屋を飛び出す。富士山の後方からの日の出は最高だった。富士山の写真撮影のビュ-ポイントの5指に入る1つらしい。
 北岳も朝日を浴びて素晴らしい姿を誇示している。




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  山荘を6時半に出発し、八本歯のコルへのトラバ-ス道は高山植物に覆われ素晴らしかった。また、振り返ると間ノ岳もよく見え、我々を見送ってくれているようだった。梯子が何箇所もあったが、素晴らしい所なので、難なく通過。1時間少しで八本歯のコル着。

 コルから狭い沢の急坂を木につかまりながら降りていく。左側は豪快な北のバットレスの断崖が我々を覆いかぶさるような感じでせまってくる。落石に気をつけ、通過。沢が少し開けてくると雪渓に出る。谷川は崩落があるので、気をつけて歩く。膝がガクガクしてくると二股に着く。ここからは、二日目に通った道だ。雪渓の溶けた水の流れる川に沿って歩いたり、渡ったりしてやっと広河原に着く。バスの便が悪かったので、タクシ-に交渉して、甲府へ。途中、甲府駅近くの銭湯の近くに降ろしてもらい、入浴して帰った。

 


 1998年8月13~16日

 S氏と悪沢岳・赤石岳

一日目

 家を5時半に出、新大阪 7:33発。京都でS氏と合流。静岡を9:50のバスで畑薙へ、そして、3;20の小型バスで登山基地「椹島」へ。15:30着。家を出て、10時間かけやっと宿舎着。そこは、何年か前のダム工事の作業員宿舎跡らしく、部屋数も多く、思いもかけず風呂もあり、快適だった。

 二日目

 宿泊予定地の千枚小屋までは7時間のコ-ス。ゆったりと、6時過ぎに出発。
二人とも体調がよく、先発の多くの登山者を追い越し、小屋に11時に着いてしまった。img20080411_1.jpg二人で相談し、あと6時間を要する荒川小屋まで行くことにする。
img20080411.jpg 



昼食後、12時前に出発。千枚岳・悪沢岳(3141m)・中岳と次々頂上を踏破し、広大なお花畑の真ん中を下り、荒川小屋へ無事到着。時刻は16:45分。常識的には遅すぎたが、無事に到着。夕ご飯はカレ-ライスだったが、お腹もすいていたのか ずごく美味しかった。宿泊は、遅く到着したためか屋根裏でその上満員で一度寝返りを打つと元にもどりにくかつた。また、隣の男性のいびきにまいつた。(勿論 私のいびきで彼を相当苦しめたことでしょう。)/大>

 三日目

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4:30、小屋の外に飛び出す。薄暗かったが富士山が、綺麗に見えた。朝食後、6時に出発。この頃より天気はすっきりしない。             


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小赤石岳を経由して、8時過ぎ赤石岳(3120m)の頂上img20080405.jpg。富士見平への2時間のお花畑の急坂を調子よく下りすぎたためか膝の古傷が痛みだしたが、30分ほどで赤石小屋着 11時過ぎ。当初の予定では、ここで宿泊する予定だったが、小屋の親父さんの話では、明日の天気は良くないとのことなので、コ-ヒ-を作って飲むのを楽しみにしていたが昼食後、下山することにした。膝の痛みがひどくなつたが、S氏の助けで何とか下山。椹島着 16時。椹島の標高は約1000m。悪沢岳・赤石岳の標高は約3000m。標高差2000mを昨日駆け上り、今日駆け下りたのが原因と思う。
 2日前に宿泊したところなので様子もわかり、すぐに風呂に入り、ビ-ルを。
S氏の登山でのたくましい馬力と豪快なビ-ルの飲みっぷりに改めてビックリ。
 その夜、同部屋の一人が自分のいびきの大きさを気にして、布団を廊下に出し、そこで寝るとのこと。私達はホットする。さすがにすごいいびきで部屋の中まで響き渡る。夜中に廊下にある火災報知機がなり、各部屋から廊下に全員飛び出す。しばらくして、誤作動との連絡があり、ホットする。ところが、廊下に全員出て騒いでいるのに廊下で寝ている人は豪快ないびきで寝続けている。それを見てある女性は「警報機をならしたのは この人のいびきだ」と笑いながら言い、自分の部屋へ。皆も、ごもっともと言う感じで、各部屋へ。その後、その人のいびきで眠れなかったのは 私一人ではなかったでしょう。

 四日目

 椹島発7時40分。畑薙に8時30分着き、9時40発で静岡に13時10分着。無事に、それも一日早く下山したのを祝し、私達には珍しく豪華な昼食をとり、新幹線で帰り 家に18時半。


2008年03月20日

私の足跡 5 北八ヶ岳・南八ヶ岳・西穂高・白馬岳

 1994年10月2~3日

  Wと北八ケ岳の横岳と蓼科

 一日目

 早朝 家を出,茅野駅下車、バス等を乗り継いで坪庭へ。そして、横岳へ。
途中、1時間足らずの急登があったが難なく通過。今回の登山の目的は、もう一つある。それは、私の大好きなナナカマドの紅葉を撮影するためです。それを、求めて、七ツ池へも行ったが駄目だった。頂上への途中、道を修理してくれている人と言葉を交わし、頂上へ。明日,登る予定の蓼科山等を見て、小屋に行くと先ほど会った人が北横岳ヒユッテの主人だった。
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 シ-ズンが過ぎていたので、客は少なく、東京の夫婦、名古屋の夫婦と私たち夫婦の六人だけ。夜の食事はすき焼きだった。味付けは、関東風・名古屋風・関西風のお客さんでといわれたので、真ん中の名古屋の方にお願いした。
 主人はお酒が好きなのか、シ-ズンオフの普段は一人の生活でさびしいのか、私達を酒好きと見抜いたのか一升瓶を開けてくれたので、しばらくの間、お付き合いをしたが、明日のことを考え、寝た。


 二日目

 早朝、下山し、蓼科山へ。樹林帯を登って行くと、将軍平に着く。そこには、蓼科山荘がある。ここからは、道も一変し、山頂までは標高差170m。直線的につけられた岩塊の急登で、ペンキ印をたよりに両手・両足をフルに使い、這うようにして頂上へ。img20080313.jpg 
岩塊を敷き詰めた蓼科山の頂は平らで広く、そこに神社の祠と三角点があるのみで展望は抜群な所。蓼科山頂ヒュッテで買った冷えたジュ-スを片手にアルプスの槍ヶ岳や浅間山を眺めた。
 下山開始、途中までは両手・両足を使い下山。そして、宿舎へ。

 今回の登山の目的は、大好きな紅葉したナナカマドの撮影だったが、予想以下の出来で残念だった。
 三日目

 バスを使って、紅葉の始まった白樺湖・車山高原を通り、草紅葉の道を通り塩尻へ。そして、帰宅。 

  

1995年7月30~31

  A氏とK氏と西穂高へ

 一日目

 新穂高温泉より、ロ-プウェイを使い、途中より徒歩で、西穂山荘へ。
 nisiho2_r.jpg手近で、綺麗な山荘なので、客も多く、満員だつた。
 夜、満天の星空を眺めて、楽しんだ。

 二日目

 翌朝、天気もよく、高山植物を眺めながら、風が吹いていたが、元気よく、登山を開始。
 尾根歩きで、前半は道も険しくなく、左側に笠ケ岳を、右下に上高地を、後方には噴煙をあげている焼岳をそして前方には穂高連峰を見ながら快調にとばして行く。img20080317.jpg独標が見える頃には、少しぺースがダウンしたが、予定より早く独標へ。この頃より、風が強くなる。
 そこから、急にやせ尾根になったが、がんばり、ビラミットピ-クの頂上まできたが、そこまでで断念したのが残念だ。
 新穂高温泉で、バス待ちの間を利用して、市営の温泉風呂にはいり、夜行で帰宅。









 1996年7月28~29日 
 
 K氏D氏S氏M氏A氏と南八ケ岳

 一日目

 茅野駅からタクシーを利用しょうとしたが、途中で降ろされ予定より長い道のりを徒歩で行くことになった。初めてのメンバ-もいて、ゆったりとした計画だった。オーレン小屋を過ぎ、やっと夏沢峠へ。yatu56_r.jpg我々は、こまくさ荘で宿泊。客は我々6名とあと1名。収容300名で7名の客。ゆったりとした宿泊で食事も楽しく揃って「イタダキマ-ース」と戯れた。 水分補給(アルコールを飲む)をたっぷりと。そして消灯まで 談笑。  

二日目

 早朝、荷物を宿に預け、ヘットランプを頼りに出発する。でも、S氏だけ、荷物が大きい。当人は秘密と言って子細は言わない。頂上近くで、夜明け。うわさに聞いていた硫黄岳のすごい爆裂火口にびっくり。頂上では、ガスもなくなり、周辺の山も見え始め、めざす横岳・赤岳もバッチリ。
 yatu55_r.jpgしばらく歩くと、硫黄岳山荘に。小屋近くには、小屋の親父さんの世話で高山植物の女王・コマクサの群生があった。黒い砂礫に咲いているのが、印象的だ。いつまでも、残しておいて欲しいと願っている。
 しばらくすると、鎖・梯子のついたやせ尾根を何箇所を通過し、大同心あたりで、ラッキーにもブロッケン現象が見えたという幸運もあった。横岳頂上で、S氏が持って上がってきた秘密のメロンをいただく。山の頂上での味は最高。これで、S氏の荷物の大きかった訳が分かった。感謝・感謝。
 帰路、宿泊地のこまくさ荘で昼食。途中、夏沢鉱泉で入浴した。汗もとれ、最高の気分だった。そして、すっきりした気持ちで、夜行バスに乗り込み、帰阪。


 
1996年8月20日

 兄夫婦と私達4人で、稲村岳へ。
 好天に恵まれ、ゆったりと登れた。石楠花も咲いていた。
 帰路、梯子を使って大日岳へも登ってきた。
 この山へは、山仲間とも登り、3度目である。



1997年7月18~20日

 兄夫婦と私達で白馬岳から白馬大池へ。

 一日目

 JRで、白馬へ。バスで猿倉までと予定していたが、昨日の梅雨末期の豪雨でバスが途中より通行止めになっているという。(勿論、タクシーも駄目。) バスで行けるところまで行き、後は徒歩としたが、予定より3時間のロス。白馬尻小屋で宿泊することにした。 周辺には、キヌガサソウやシラネアオイなどの花が我々を迎えてくれていた。/大>

 二日目

  朝早く、小屋を発ち、大雪渓の末端に。アイゼンをつけ、登り始める。
 昨日までの天気とは考えられない好天気。空は真っ青。周辺の山もくっきり。曜日などの関係か客が意外に少なく(37年前にくらべ)、周辺の景色を眺めながら楽しく歩けた。(前回は、視界がきかなかったので、紅ガラに沿って、 もくもくと歩いたのを思い出す。)
 img20080314_2.jpg頭上を見れば真っ青の空、足元は延々と続く雪渓の雪、そして左右を見れば杓子岳からの杓子尾根等が迫ってきている最高の花道を通って白馬岳の頂上へ。
(但し、左右の尾根からの落石があり、事故にあうこともあるので紅ガラに沿って歩いた。)
 葱平に着き、小休止。小雪渓をトラバ-スするとお花畑だ。高山植物は最高の見ごろで、シナノキンバイ・ミヤマキンポウゲなどにいろぞられたお花畑をゆっくり歩き、カメラにたくさん収めた。特に女性達は、動かない。
 本日の行程は、ゆっくりしたものなので、女性たちを置いて、兄と先に村営小屋に着き、ビ-ルを飲みながら待つ。そして、4人揃ったので遅い昼食。
 食後、頂上小屋の白馬山荘へ。予想より空いていて、よかった。荷物を置き、頂上へ。天気がよかったので、360度の展望をゆっくり楽しんだ。
 新田次郎の作品「強力伝」に出てくる標示板があった。尿に血が混じる苦労をして、一人で担ぎ上げた物と思えば、何ともいえぬ思いがして、じっくりと撫ぜてみた。
その後、小屋に戻り、夕食。食後、外に出て、素晴らしい「日の入り」を楽しんだ。しばらくして、外に出て、星空の素晴らしさに感激。

三日目

 早朝、朝食を済ませ、荷物を持ち、小屋を出、頂上でご来光をと思い、頂上へ。そこには、すでに十数人がいた。東の空が明るくなり、ご来光。頂上にいた者はあまりの素晴らしさに歓声と万歳の声が上がったimg20080314.jpg
 余韻を残し、下山開始。三国境周辺には、コマクサが群生。













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 祠のある小蓮華山からもう一度白馬岳を眺めて下る。  しばらくすると、ブルーの白馬大池の傍に真っ赤な屋根の白馬大池山荘が見えて来た。池からは、大きな岩を乗り越え乗鞍岳へ登り返す。駄々広い頂上。栂池自然園も少し見ただけで栂池自然園駅にやっと到着。ロ-プウェイ・バスを小走りで乗り継ぎ白馬駅へ。そこから、予定の列車に乗り、帰宅。
 img20080314_3.jpg今回の山行きは、最初大雨の影響でどうなるか心配したが、天気がよくなり、特に、白馬山頂からの展望は最高で思い出に残る登山となった。