2008年06月01日

私の足跡 10 大山 と 谷川岳・燧岳

2001年7月22日

 D氏S氏M氏と大山へ

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 5時に家を出、6時に金剛駅でM氏の車に乗せてもらい、大山寺登山口着、9:00。
9:30発。天気もよく、視界がよく最高の気分だった。但し、森林限界を越えたあたりから暑くて汗ビッショリだった。   中国地方の最高峰・大山の頂上(1711m)着、12:00。


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頂上でのM氏が持ってあがってくれた冷たいビ-ルの味は、頂上からの四方の景色の素晴らしさと相まって最高の味がした。
40年ほど前に登った記憶は殆んど残っていない。
 崩壊危険のため、実質的な最高峰・剣ケ峰(1729m)には今は行けなくなっていたのは残念だった。


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 頂上発、13:30。帰りは、有名な大山の北壁を見ようということで、登りと道を変えて元谷に降りた。    
 そして、大神山神社と大山寺ヘ寄って見学したりしたので16:30着。
 そして、車で中国自動車道を通り、帰阪。        

帰宅、21:30。




 2001年8月1~4日

 S氏と谷川岳・至仏山・燧岳へ。

 二日目


 前日は夜行バスで大阪を発ち、早朝に東京に着く。
 tanigawa7_1.jpgそして、上毛高原駅よりバス等を乗り継ぎ、谷川岳の登山口へ。
 約1時間ほどはゆるやかな登りだったが、その後の1時間半は、樹林帯を抜け出て岩が露出した急登の尾根。やっと避難小屋前に到着
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この山は双耳峰で最初はトマの耳(1963m)へ。そして、約30分足らずでオキの耳(1977m)へ。tanigawa6_2.jpg

  天気はよく、四方の景色は抜群だった
下山して、バスで戸倉へ。そして、[ロッジまつうら」で宿泊。宿の主人は気さくで好々爺の人だったが 当地方の観光協会の会長さんで、山渓の雑誌に投稿したり、TVにも 出演している山のベテランとわかる。私達の山の計画を話すと至仏山は下るより登る方が良いとのアドバイスを受け、当初の計画の変更をして燧岳を先に登ることにした。その夜は 親父さんの尾瀬の話をゆっくり聞かせていただいた。                    

 三日目

 3:00、起床。3:30、主人の車に乗せてもらい出発。大清水着、4:00。
 tanigawa4.jpg最初は暗くて、ヘッドランプをたよりに歩き始める。
 明るくなった三平峠で朝食。峠を越え、尾瀬沼へ。
やっと、目指す燧岳が姿をあらわした。ここで水の補給をするつもりだったがうまく出来なかった。利尻山の悪夢にならぬよう心がけた。
 最初はゆるやかな登りだったが最後の2時間ほどは急登と暑さで苦労した。
 

 

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 途中、急に視界が開け、眼下に尾瀬沼が姿を見せてくれた。眼下の景色を見てここまで上がってきたのかといつもホットし、後少しだと自分を元気づけている。
  この燧岳も谷川岳と同じように双耳峰で初めは柴安ぐら(2356m)、そこから約30分足らずで巨岩多く三角点のある俎ぐら(2346m)へ。祠もあった。11:00、着。tanigawa2.jpghiuchi.jpg












  いつものように、無事登頂を携帯電話で報告。天気は快晴。頂上からの風景は尾瀬ケ原から至仏山までは箱庭のような景色だった。宿泊地の下田代までは樹林帯の中の長い長い急な下り坂。朝からおいつ追われつの若い登山者は水不足で困っていたがどうすることも出来ない。14:30、着。約30後、若者も無事下山。小屋前の水飲み場で美味しそうに飲んでいる姿を見て、ホットし、昨年の利尻山の悪夢を思い出した。
 携帯電話はここでは通じなかった。第二長蔵小屋に泊まる。散策をしたりしたが、2年前の春とは景色はぜんぜん違い別世界のようだった。ゆっくり過ごす。
 夜、川崎の男性が登山が終わってホットしたのか酔っ払って、何度も起きて動くので、眠れず睡眠不足でマイッタ。
 山小屋で酔っ払って仲間に迷惑をかけるとは言語道断。許せない。

 四日目

 4:50に小屋を出たが、天気は悪く山の鼻の手前から雨が降り出す。
 山の鼻の小屋の従業員の人達の話では、降り続くかもしれないが、たいしたことはないだろうと言う意見があったので、少しでも早くと思い、急ピッチで登る。
 途中何人かを追い越す。森林限界を越えるあたりから足元は蛇紋岩であるので滑りやすくて登り難くなった。雷鳴も遠くから聞こえるようになった。足元を水が激しく流れるようになった。
 頂上まで、後1時間ぐらいという所まで来ると雷鳴が頭上で聞こえるようになつた。雨は我慢できるが、雷は生命にかかわるので、登山を中止し下山することにした。道は川のように水が流れている。とにかく、樹林帯まで急ぐことにしたので、途中何人かを追い越す。そして、山の鼻の小屋へ。出発の準備を終え、雨のため様子をみている団体のり-ダ-やその他の人たちに様子を聞かれ、相談を受けた。
 小休止をした後、75分かかると書いてある鳩待峠までの上り道を、登山者をごぼう抜きに追い越して45分で登った。S氏と自分達の老人パワ-にビックリ。
 戸倉で、一昨日の宿『ロッジまつうら」に寄り、風呂を借り、新幹線で帰宅。


 

2008年05月15日

私の足跡 9 伊吹山と北海道の名峰 利尻山・旭岳 

2000年5月21日

 伊吹山の高山植物を見に、伊吹山に久方ぶりに登山したが、天候が悪く、視界も利かず、ゆっくり観賞できなかった。



 2000年8月13~17日

 K氏 D氏の3人で北海道の名峰へ
昨年は、本邦最南端の九州の最高峰・屋久島の宮之浦岳に登頂したので、今年は、最北端の北海道の最高峰・旭岳へ登頂したくなった。
 


一日目

 11時に関空発の飛行機なので、7:30に家を出ると、難波で3人がばったり出会う。途中、機内から見た鳥海山が魅力的だった。稚内に着き、フェリ-で利尻島へ。img20080506.jpgしばらくすると、目指す利尻山が見えてきた。海岸からスット立っているその姿の逞しさと美しさに感動した。この利尻山への登頂を選んだ理由は海抜0mから標高1721mの頂上まで一日で往復できるという魅力にひかれた。
 我々と同じように利尻山を目指すグル-プもいて、グル-プの人達とも互いに語り合った。鴛泊港着、17:10.


 旅館に入り、明日からの準備をする。
 

二日目

5時前に宿を出発。早朝なので涼しく、ピッチを上げる。百名水の一つ・甘露泉で美味しい水を飲む。最初は樹林帯だったので暑くはなかったが、途中樹林帯を過ぎると暑くなる。長官山付近までくると、直接太陽の光を真上よりうけるようになり、水分がどんどん奪われる。今日の日程は、ハ-ドなので荷物を少しでも軽くして行こうと思い、水分の量を少なくした。yaku.jpgこの判断が正しかったかどうか。
 長官山からの眺めは素晴らしかった。礼文島や宗谷岬は見えたが、北方領土は霞んでいて見えなかった。そこを過ぎると、避難小屋があった。この付近は傾斜はゆるかったが、頂上が近づくと、傾斜がきつく、砂地で登るのに苦労した。
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 11時過ぎ,登頂(1718m)。視界は良かったが、北方領土までは無理だった。
 12時前 下山開始。しばらく、下りにも苦労する。相変わらず天気はよく、日差しが強い。水分の不足がこたえてくる。水場の甘露泉水の所までと思うが、身体が思うように行かない。休憩で座ると、眠くなり耐えられない。K氏も同じ症状。D氏たまらず、一人で下山し、水をもって上がってきてくれた。その水をもらい、しばらくすると体調もよくなり、やっと助かり、宿舎に無事下山。水不足が大変なことになると身をもってわかった。D氏に感謝。感謝。



三日目

 早朝のフェリ-で稚内へ。saihokutan.jpg途中、船上から振り返ると思い出深い利尻山がだんだん小さくなって行く。「いろんな思い出をくれてありがとう」と心の中で叫んだ。かもめが利尻島から稚内まで飛びながら見送ってきてくれた。
 稚内でレンタカ-を借り、日本の最北端・宗谷岬へ。そして、一路旭川を経て、宿舎の層雲峡へ。                         昨日、利尻山での水不足でへばったので体調を心配し、もし、体調が戻らなかったら、明日の登山を中止し、別行動をとるつもりだったが何とか回復し、大雪の縦走もできそうになった






     四日目

 宿を5時半に出発。ロ-プウェイ・ゴンドラの一番に乗るため、乗り場で朝食を採る。8:00登山開始。ガスもとれ、視界がよくなる。9:30に黒岳の頂上へ。

 晴天になってきた。一昨日のこともあるので、高価な飲料水を山小屋で買い足す。img20080507.jpg
 そこからは、たいしたアップダウンもなく、約2000mの雲上の空間を前方には間宮岳を、右手には北鎮岳を、左手には北海岳を振り返れば黒岳を眺めながら、空は雲ひとつ無い真っ青、足元に目をやれば、高山植物に心身ともに、癒されながら、快調に進む。img20080515_1.jpg火口跡のお鉢が、左手に見えてくると硫黄の匂いもしてくる。暫くすると、高台で、北大生がカメラを並べて、熊の調査と観察をしていた。間宮岳までの雲上の散歩道の途中で、昼食。札幌の夫婦にキュウリをもらう。生野菜で美味い。山の話をしたが、中部地方は遠いので、アルプスは1回だけだ。私達に羨ましいと言っていた。

  asahi.jpgここから、一旦高度を100mほど下り、200mほど登り返し(キュウリをくれた夫婦の話では、このキツイ登りは2度と登りたくないと言っていた)はさすが厳しかったが、北海道の最高峰・旭岳(2290m)の頂上へ。 14:00着。
頂上からは、忠別岳・白雲岳・間宮岳などの名峰が雄姿を見せてくれていた。
まだ、未練があったが、頂上を後にした。img20080515.jpgその下りは、ゴロゴロした火山礫で覆われた急坂で約2時間かけて、姿見の池へ。途中、噴気孔から硫黄の噴煙がたくさん上がっていた。火山の雰囲気が残っている。
 旭岳温泉の湧駒荘へ、(16:30)。一昨日の悪夢を心配していたが、無事下山することが出来た。感謝。感謝。




五日目
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 飛行機の出発時刻まで名所見学に。
 
 最初は、天人峡の羽衣の滝を見学。
 次に、拓真館で素晴らしい写真を見る。
 次は、バッチワ-クの素晴らしい美瑛へ
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 セブンスタ-の木とか親子の木とかがあった。
 最後に、富良野へ。
 富田ファ-ムでラベンダ-を見た。
 十勝岳が頭を見せて、我々の登山を待っている様だった。
 空港で、2山の登頂と5日間の無事を祝して、ビ-ルで乾杯。
 機上より、鳥海山がすばらしい姿を媚するように見せていた。

 16:40発の飛行機で。帰宅、21時。



2008年05月06日

私の足跡 8 屋久島の宮之浦岳と縄文杉

1999年8月13~18日 

 一日目

 K氏D氏S氏と九州の最高峰・屋久島の宮之浦岳へ            
 
 家を6:30に出、伊丹空港に8:00に着く.img20080501.jpgそして、同発、9:00.鹿児島空港で飛行機を乗り換え,屋久島空港着12:00着.途中、天気もよく、機内から、桜島の噴煙がよく見えた。 空港で昼食をとった後、ガスは機内持ち込み禁止であったため、再度ガスボンベを購入してもらいグリ-ンホテルへ。
 ゆつたりした部屋だったので、我々もよく寛げた。
 荷物を置き、千尋の滝の見学。帰って、明日からの登山の準備。img20080501_1.png



















 



二日目
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 5:00にホテル発。
登山口より山道へ入り、屋根を超えて下るとそこは淀川小屋。
6時過ぎに着き、朝食。
7:00に出発。
急な斜面を登り、樹林帯に入る。
高山植物も 見られる。

小花之江河を過ぎて、小休止。
しばらくすると花之江河に着く。9:00。img20080501_4.jpg
日本庭園を彷彿とさせる景勝地で心身を癒すことができた。雨が降り始める。正面に黒味岳が見える。

でも、周辺の山が見えるので、気分的に助かる。
ヤクシマダケが多くなり、歩くのに苦労する。

 岩の露出した山が多く見られる。頂上に豆腐を切ってのせたような山があった。



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 高度も高くなってから大きなコブを2個ほど超えるとやっと img20080501_6.jpg九州地方の最高峰「宮乃浦岳」1935m に到着。12:00.雨は小雨だが、視界は良くない。晴天なら、種子島は勿論硫黄島まで見えるそうです。焼野三叉路まで、降りて食事をすることにしたが、道が悪く、ヤクシマダケの茂みがひどく、茂みに埋もれながらの下山でマイッタ。
 13:00発 平石を過ぎると尾根伝いになり、森林帯に入る。第二・第一展望台を過ぎると森が深くなり、大木も多くなり、屋久島らしくなつた。15:30、新高塚小屋に到着。10~20人位が宿泊できる無人小屋。そこに、関東地方からの若者5人と我々4人だけ。ゆったり、泊まれるのでホツトする。超満員で最悪の場合泊まれなかったら、この雨の中どうするか心配したが良かった。/大>
 早速、炊飯の用意をする者と水を汲みに行く者とに手分けして作業開始。
無灯火のため、急いで用意をして、明るいうちに豪華な食事をする。特に、S氏の持ち運んでくれた道具・材料で山小屋では考えられない特別豪華な食事になった。雨天のため、室内で炊飯したので、匂いが室内に充満して他の客に迷惑をかけたので悪かったと反省。片付け後、しばらく、談笑したが、暗くなったので、各自のシュラフの中に入り寝ようとしたが、7時すぎでは、眠れない。雨がはげしくふるようになつた。何度も何度も目を覚ましながらも朝を迎える。
 
三日目
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 目が覚めていたが、時間が早いので、じっとしていたが、やっと明るくなったので起床、5;00。昨夜作っておいた朝食を食べ、6:00に出発。雨の中を尾根伝いに約1時間 木の根に覆われた道を滑らないよう慎重に歩いて行くと「高塚小屋」に着く。
 まもなく、念願の縄文杉に対面。推定樹齢 7000年で世界最大胸高囲 16mの大きさに感動img20080502_4.jpg








 7000年もの長い間、この厳しい自然の中でよくも生き長らえたものだと縄文杉に長時間見とれていた。この貴重な縄文杉を守るため、囲いがしていた。(翌年、ある新聞に 貴重な 縄文杉に傷がつけられたという記事を目にし、憤りを感じたのは 私だけでは なかったと 思います。) 未練を残しながらも縄文杉とも別れ、大杉が次々続く、大株歩道を下る。先ず、夫婦杉・大王杉・ウィルソン株・翁杉と名のつく巨大杉等を見ながら下る。

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 特に、ウィルソン株の大きさにびっくり。ウィルソンの調査では約3000年の大木と言われている。切り株の中に10人以上は入れる大きさである。秀吉の時代?に切られたと言われているがこんな大木をどんな方法で運んだのかわからない。木の根の張り巡らされた道を約1時間ほどで、大株歩道が終わり、線路の残る森林軌道跡に入る。これまでの木の根の道できつい下り坂も終わり、楽になったので、初めは「線路は続くよ どこまでも・・・・」と鼻歌を歌っていたが、1時間もたつと、うんざりしてくる。枕木の間隔と歩幅の間隔が合わないため、枕木の間の水溜りの中に足を突っ込むようになり、靴の中に水が入ってきた。でも、我々の老人パワ-はすごく、小屋を先に出発した同宿の若者を途中で追い越した。2時間足らずで小杉谷集落跡に着く。屋久杉を伐採していた全盛期には、作業員達の集落がおり、学校もあったらしい。しばらくすると、隙間があり、下を流れる川がよく見える橋(人間の歩く道とは違い、材木を運ぶトロッコの道る橋)を 何度か渡ると、目的の荒川登山口にやっと、到着。13:00着。
靴と靴下を脱ぎ、靴下を絞るS氏の手から、大量の水が流れている。途中、遅い昼食をとる。
 img20080502_2.jpgホテルへ帰ると、水分をたっぷり含んだ服を脱ぎ捨て、風呂へ。
夕食前、失った水分をたっぷりとビ-ルで。そして、夕食は、豪華な料理(特産のトビウオ料理)で無事登頂したことを祝う。 
四日目


 朝食後、屋久杉ランドの見学に出かける。紀元杉を見たりしたが、印象に残っているのは、縄文杉を伐採後、トロッコで運んでいる場面です。雨もなく、昼食もゆったり。
空港へ14:00着。16:45発の飛行機を待っていると、鹿児島空港が大雨で飛行機が最初は遅延するとの放送。それから欠航の放送となる。急遽、不乗証明をとり、船で鹿児島へ。24時発のJRで博多へ。そして、翌日の6:00発の新幹線で新大阪へ、9:15着. 


 今回の屋久島旅行は、林芙美子さんの言葉に、一ヶ月に35日雨が降るとあるように、雨と縁がある旅行だった。おかげで、帰宅が半日遅れた