2008年05月06日

私の足跡 8 屋久島の宮之浦岳と縄文杉

1999年8月13~18日 

 一日目

 K氏D氏S氏と九州の最高峰・屋久島の宮之浦岳へ            
 
 家を6:30に出、伊丹空港に8:00に着く.img20080501.jpgそして、同発、9:00.鹿児島空港で飛行機を乗り換え,屋久島空港着12:00着.途中、天気もよく、機内から、桜島の噴煙がよく見えた。 空港で昼食をとった後、ガスは機内持ち込み禁止であったため、再度ガスボンベを購入してもらいグリ-ンホテルへ。
 ゆつたりした部屋だったので、我々もよく寛げた。
 荷物を置き、千尋の滝の見学。帰って、明日からの登山の準備。img20080501_1.png



















 



二日目
img20080501_3.jpg


 5:00にホテル発。
登山口より山道へ入り、屋根を超えて下るとそこは淀川小屋。
6時過ぎに着き、朝食。
7:00に出発。
急な斜面を登り、樹林帯に入る。
高山植物も 見られる。

小花之江河を過ぎて、小休止。
しばらくすると花之江河に着く。9:00。img20080501_4.jpg
日本庭園を彷彿とさせる景勝地で心身を癒すことができた。雨が降り始める。正面に黒味岳が見える。

でも、周辺の山が見えるので、気分的に助かる。
ヤクシマダケが多くなり、歩くのに苦労する。

 岩の露出した山が多く見られる。頂上に豆腐を切ってのせたような山があった。



img20080502.jpg
 高度も高くなってから大きなコブを2個ほど超えるとやっと img20080501_6.jpg九州地方の最高峰「宮乃浦岳」1935m に到着。12:00.雨は小雨だが、視界は良くない。晴天なら、種子島は勿論硫黄島まで見えるそうです。焼野三叉路まで、降りて食事をすることにしたが、道が悪く、ヤクシマダケの茂みがひどく、茂みに埋もれながらの下山でマイッタ。
 13:00発 平石を過ぎると尾根伝いになり、森林帯に入る。第二・第一展望台を過ぎると森が深くなり、大木も多くなり、屋久島らしくなつた。15:30、新高塚小屋に到着。10~20人位が宿泊できる無人小屋。そこに、関東地方からの若者5人と我々4人だけ。ゆったり、泊まれるのでホツトする。超満員で最悪の場合泊まれなかったら、この雨の中どうするか心配したが良かった。/大>
 早速、炊飯の用意をする者と水を汲みに行く者とに手分けして作業開始。
無灯火のため、急いで用意をして、明るいうちに豪華な食事をする。特に、S氏の持ち運んでくれた道具・材料で山小屋では考えられない特別豪華な食事になった。雨天のため、室内で炊飯したので、匂いが室内に充満して他の客に迷惑をかけたので悪かったと反省。片付け後、しばらく、談笑したが、暗くなったので、各自のシュラフの中に入り寝ようとしたが、7時すぎでは、眠れない。雨がはげしくふるようになつた。何度も何度も目を覚ましながらも朝を迎える。
 
三日目
img20080502_1.jpg
 目が覚めていたが、時間が早いので、じっとしていたが、やっと明るくなったので起床、5;00。昨夜作っておいた朝食を食べ、6:00に出発。雨の中を尾根伝いに約1時間 木の根に覆われた道を滑らないよう慎重に歩いて行くと「高塚小屋」に着く。
 まもなく、念願の縄文杉に対面。推定樹齢 7000年で世界最大胸高囲 16mの大きさに感動img20080502_4.jpg








 7000年もの長い間、この厳しい自然の中でよくも生き長らえたものだと縄文杉に長時間見とれていた。この貴重な縄文杉を守るため、囲いがしていた。(翌年、ある新聞に 貴重な 縄文杉に傷がつけられたという記事を目にし、憤りを感じたのは 私だけでは なかったと 思います。) 未練を残しながらも縄文杉とも別れ、大杉が次々続く、大株歩道を下る。先ず、夫婦杉・大王杉・ウィルソン株・翁杉と名のつく巨大杉等を見ながら下る。

img20080502_3.jpg
 特に、ウィルソン株の大きさにびっくり。ウィルソンの調査では約3000年の大木と言われている。切り株の中に10人以上は入れる大きさである。秀吉の時代?に切られたと言われているがこんな大木をどんな方法で運んだのかわからない。木の根の張り巡らされた道を約1時間ほどで、大株歩道が終わり、線路の残る森林軌道跡に入る。これまでの木の根の道できつい下り坂も終わり、楽になったので、初めは「線路は続くよ どこまでも・・・・」と鼻歌を歌っていたが、1時間もたつと、うんざりしてくる。枕木の間隔と歩幅の間隔が合わないため、枕木の間の水溜りの中に足を突っ込むようになり、靴の中に水が入ってきた。でも、我々の老人パワ-はすごく、小屋を先に出発した同宿の若者を途中で追い越した。2時間足らずで小杉谷集落跡に着く。屋久杉を伐採していた全盛期には、作業員達の集落がおり、学校もあったらしい。しばらくすると、隙間があり、下を流れる川がよく見える橋(人間の歩く道とは違い、材木を運ぶトロッコの道る橋)を 何度か渡ると、目的の荒川登山口にやっと、到着。13:00着。
靴と靴下を脱ぎ、靴下を絞るS氏の手から、大量の水が流れている。途中、遅い昼食をとる。
 img20080502_2.jpgホテルへ帰ると、水分をたっぷり含んだ服を脱ぎ捨て、風呂へ。
夕食前、失った水分をたっぷりとビ-ルで。そして、夕食は、豪華な料理(特産のトビウオ料理)で無事登頂したことを祝う。 
四日目


 朝食後、屋久杉ランドの見学に出かける。紀元杉を見たりしたが、印象に残っているのは、縄文杉を伐採後、トロッコで運んでいる場面です。雨もなく、昼食もゆったり。
空港へ14:00着。16:45発の飛行機を待っていると、鹿児島空港が大雨で飛行機が最初は遅延するとの放送。それから欠航の放送となる。急遽、不乗証明をとり、船で鹿児島へ。24時発のJRで博多へ。そして、翌日の6:00発の新幹線で新大阪へ、9:15着. 


 今回の屋久島旅行は、林芙美子さんの言葉に、一ヶ月に35日雨が降るとあるように、雨と縁がある旅行だった。おかげで、帰宅が半日遅れた

at 16:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 登山 九州の山 

2008年04月30日

私の足跡 7 茶臼岳・白根山・尾瀬・八経ヶ岳・剣山・石鎚山

私の登山で どの山を登るかは自分のこだわりでも選ぶと「私の足跡1」に記しましたが、その一つは日本の山の高い山ペスト10に登ることでした。そして、1998年にこの目標を達成した。              
 但し、 この高山ベスト10には、異論のある方がいると思いますが、これはある登山者が書いた書物を参考にした。
 

                    日本の高い山ベスト 10

img20080413_1.jpg



第一位    富士山    3776m                 

第二位    北岳     3192m

第三位     奥穂高岳   3190m 

第四位    間ノ岳    3189m

第五位    槍ヶ岳    3180m

第六位    悪沢岳    3141m

第七位    赤石岳     3120m

第八位    涸沢岳     3110m

第九位    北穂高岳    3106m

第十位    大喰岳     3101m



 私の百名峰は「私の足跡24」に記載




1998年10月30~31日

 兄夫婦と私達で東北地方の紅葉を見に行った時那須岳と白根山へ。                                

 一日目

 那須高原を見学後、那須連山の主峰「茶臼岳」へ。ガスがかかり、遠景も見えないため、ガレ場を駆け上り、頂上へ。そして、下山。



   二日目                 
 湯釜の見学後、反対側の展望台に登り返す。白根山が綺麗に見えた。


1999年6月3~6日

 兄夫婦とツア-で尾瀬の水芭蕉を

大阪駅前を8時に出発し、2時間おきぐらいに休憩をしながら、日本海側を通り、尾瀬へ。

 二日目

 朝食後、沼山峠へ。そして、10:00に出発し、途中尾瀬沼が見えたとき感激。img20080430_1.jpg大江湿原の木道の周辺には、水芭蕉が咲き乱れていた
 長蔵小屋で昼食。尾瀬を開発の波から守った平野長蔵一族の墓参をし、冥福を祈り、尾瀬の自然を守った偉大な人物に感謝。
 沼尻・白砂峠を経由して、約3時間かけて、




img20080501.jpg下田代十字路の宿舎「弥四郎小屋」に着いたのは 16:00. 風呂があったのでびっくり。汗を流すことができ、有難かった。夕方、小屋周辺を散策した。

 
三日目

 早朝、夜明け前より小屋の前に出て、明るくなると共に木道を通り、散策に出かける。もやがかかり、鳥の鳴き声が聞こえ、幻想的な雰囲気にひたる。たくさんの花のなかに「ザゼンソウ」も見つける。
 朝食後、外に出ると、燧ケ岳がボンヤリ見え始めた。天気は良くなりそう。女性的な滑滝と男性的な三条の滝の見学。滝壷のそばにカモシカの親子がいた。img20080430.jpgヨッピ橋を通り、竜宮小屋付近で昼食。雪のある至仏山をバックに水芭蕉は最高だった。途中、素晴らしい景色を写真に収めながら、山の鼻へ。そして、鳩待峠へ。バスで夜遅く、水上温泉に到着。/大>。

 四日目

ホテル発、8:00.帰りも2時間ごと位に休憩をとり、帰阪。難波 20:00に乗る。


1999年7月11日

 K氏とS氏とでK氏の車で近畿地方の最高峰『八経ヶ岳」へ

img20080411_1.jpg

 7時に家の近くで乗せてもらい、下市でS氏と合流。行者還トンネルより登山。2度目の計画。前回雨天のため、延期。今回は天気もよく、花の時期もよく、憧れのそして伝説の名花「オオヤマレンゲ」に会うことができた。





img20080411_2.jpg
 
白く、可憐で清楚で気品に満ちた花
にうっとり。日本にはないと言われていたのが、ここ大峰山で発見されたことからこの名がつくと言う。中国では、天女花と呼ばれている。







img20080411_3.jpg
 鹿の被害で、絶滅寸前とのこと。被害から守るため、オオヤマレンゲの群生を金網で囲い、我々人間がその網の中へ入り、花を見るという施設を作り、被害から守ってくれている苦労に感謝。いつまでも、残して置いてほしい自然です。
 頂上での昼食後、憧れの名花を見たのと、S氏の作ってくれたコ-ヒ-の味で心身共に暖かい気持ちになり、至福のひと時を過ごす。



1999年 8月 7~8日 

K氏S氏M氏で四国の名峰『剣山』『石鎚山」へ

一日目

  金剛駅発、5:40。 M氏の車で出発。鳴門大橋を渡り、剣山の登山口へ。
 天気は悪く,風雨にたたかれる。頂上へは 木道が敷かれていて三角点があった。img20080413_5.jpg 


  下山後、祖谷のかずら橋に寄って帰ることにした。先ず、山奥のかずら橋により、次に一般に有名なかずら橋に寄った。山奥のかずら橋は雰囲気はあったが一般のかずら橋は観光化されていて、残念だった。 車で、金比羅山の近くのホテルに宿泊した。夕方、金比羅山に参り、明日からの無事と天候を祈願した。天気も良かったので、讃岐富士も綺麗に見えた。
 夜、屋上の露天風呂に入り空を見ると、星も見えたので明日からの天気は良いと確信した。


 二日目                   


img20080414.jpg

 宿舎を7:00に出発。9:30登山開始。 石神神社より 登る


img20080413_3.jpg


 さすが、修験者の山だけあって、鎖と岩場が現れた。今日も天気は悪く、頂上に近づくにつれ悪くなったので、試しの鎖48mと一の鎖を使うだけにし、後は一般の道を登った。頂上、12:00。雨が降ってきたので、急いで昼食を済ませ、下山した。

 下山すると晴れてきた。しまなみ海道を通る頃は快晴。絶好の景色を楽しみながら帰る。金剛着、22:00. 帰宅、23:00.


 

 


at 10:24|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 登山  四国の山 

2008年04月11日

私の足跡 6 北岳・間の岳・悪沢岳・赤石岳

  1997年7月30~8月1日

K氏D氏M氏と夜行で、北岳・間ノ岳へ

 二日目

 大阪を前夜発、塩尻に明け方に着き、2時間後中央本線で甲府へ。
 駅前の「吉野家」で朝食をとり、昼食用の弁当を購入。バスで広河原へ。
 登山開始。野呂川に架かるつり橋を渡り、広河原山荘のそばを通り、しばらくは、渓流に沿って歩く、何ケ所か川を横切ったりしていると3時間ほどで二股に到着。ここで、白根御池小屋へ行くか、小太郎尾根経由で肩の小屋へ行くか各自の体調を見て、相談した結果、肩の小屋行きに決定。小太郎尾根への右俣コースは急登の連続で体力が消耗。それに、ガスがかかり、遠くの景色も見えず、相当疲れる。やっと、標高3000mに建つ肩ノ小屋に着く。シーズンと重なり小屋は超満員だった。
 

 三日目

 早朝、小雨の中、頂上へ出発。ずっと岩場の道が続き、本来なら南アルプスの大展望を楽しみながらの登りとなるはずだが、ガスがかかり、サッパリテで残念だった。clip_image002_r.jpg

 でも、高山植物が咲き乱れ、私達を迎えてくれ、癒してくれたのがせめてもの幸せだった。わが国第二位の高峰・北岳(3192.4m)に到着。この頃よりガスも取れ始め、富士山などは見えなかったが、近くの仙丈岳や甲斐駒ケ岳がチラチラと姿を見せてくれた。




img20080317_1.jpg 北岳を後にして,北岳山荘に向かう。急坂の岩場を下り、つり尾根分岐を直進し、いくつかの岩の山を登ったり、巻いたりして2時間足らずで北岳山荘に着く。今日、ここに宿泊するので、荷物を預け、軽ザックで間ノ岳へ。

 高山植物の多い岩屑の道を登ると1時間足らずで中白峰(3055m)。そこから3000mの稜線を登り下りを繰り返し、約1時間で第4位の間ノ岳(3189m)へ
 頂上は広々としていて、標識で頂上とわかる。
img20080411_4.jpg
 北岳山荘に戻り、宿泊の用意。皇太子さんも泊まったそうでテレビもある立派な山小屋。意外に空いていた。夕方から晴れ出す。
見えなかった北岳もよく見えるようになった。夜空の星はスゴクよかったらしい。


 四日目
 img20080405_1.jpg


朝、暗いうちに(午前4時) ご来光を見るため小屋を飛び出す。富士山の後方からの日の出は最高だった。富士山の写真撮影のビュ-ポイントの5指に入る1つらしい。
 北岳も朝日を浴びて素晴らしい姿を誇示している。




img20080411_3.jpg


  山荘を6時半に出発し、八本歯のコルへのトラバ-ス道は高山植物に覆われ素晴らしかった。また、振り返ると間ノ岳もよく見え、我々を見送ってくれているようだった。梯子が何箇所もあったが、素晴らしい所なので、難なく通過。1時間少しで八本歯のコル着。

 コルから狭い沢の急坂を木につかまりながら降りていく。左側は豪快な北のバットレスの断崖が我々を覆いかぶさるような感じでせまってくる。落石に気をつけ、通過。沢が少し開けてくると雪渓に出る。谷川は崩落があるので、気をつけて歩く。膝がガクガクしてくると二股に着く。ここからは、二日目に通った道だ。雪渓の溶けた水の流れる川に沿って歩いたり、渡ったりしてやっと広河原に着く。バスの便が悪かったので、タクシ-に交渉して、甲府へ。途中、甲府駅近くの銭湯の近くに降ろしてもらい、入浴して帰った。

 


 1998年8月13~16日

 S氏と悪沢岳・赤石岳

一日目

 家を5時半に出、新大阪 7:33発。京都でS氏と合流。静岡を9:50のバスで畑薙へ、そして、3;20の小型バスで登山基地「椹島」へ。15:30着。家を出て、10時間かけやっと宿舎着。そこは、何年か前のダム工事の作業員宿舎跡らしく、部屋数も多く、思いもかけず風呂もあり、快適だった。

 二日目

 宿泊予定地の千枚小屋までは7時間のコ-ス。ゆったりと、6時過ぎに出発。
二人とも体調がよく、先発の多くの登山者を追い越し、小屋に11時に着いてしまった。img20080411_1.jpg二人で相談し、あと6時間を要する荒川小屋まで行くことにする。
img20080411.jpg 



昼食後、12時前に出発。千枚岳・悪沢岳(3141m)・中岳と次々頂上を踏破し、広大なお花畑の真ん中を下り、荒川小屋へ無事到着。時刻は16:45分。常識的には遅すぎたが、無事に到着。夕ご飯はカレ-ライスだったが、お腹もすいていたのか ずごく美味しかった。宿泊は、遅く到着したためか屋根裏でその上満員で一度寝返りを打つと元にもどりにくかつた。また、隣の男性のいびきにまいつた。(勿論 私のいびきで彼を相当苦しめたことでしょう。)/大>

 三日目

img20080317.jpg


 
4:30、小屋の外に飛び出す。薄暗かったが富士山が、綺麗に見えた。朝食後、6時に出発。この頃より天気はすっきりしない。             


img20080411_2.jpg






小赤石岳を経由して、8時過ぎ赤石岳(3120m)の頂上img20080405.jpg。富士見平への2時間のお花畑の急坂を調子よく下りすぎたためか膝の古傷が痛みだしたが、30分ほどで赤石小屋着 11時過ぎ。当初の予定では、ここで宿泊する予定だったが、小屋の親父さんの話では、明日の天気は良くないとのことなので、コ-ヒ-を作って飲むのを楽しみにしていたが昼食後、下山することにした。膝の痛みがひどくなつたが、S氏の助けで何とか下山。椹島着 16時。椹島の標高は約1000m。悪沢岳・赤石岳の標高は約3000m。標高差2000mを昨日駆け上り、今日駆け下りたのが原因と思う。
 2日前に宿泊したところなので様子もわかり、すぐに風呂に入り、ビ-ルを。
S氏の登山でのたくましい馬力と豪快なビ-ルの飲みっぷりに改めてビックリ。
 その夜、同部屋の一人が自分のいびきの大きさを気にして、布団を廊下に出し、そこで寝るとのこと。私達はホットする。さすがにすごいいびきで部屋の中まで響き渡る。夜中に廊下にある火災報知機がなり、各部屋から廊下に全員飛び出す。しばらくして、誤作動との連絡があり、ホットする。ところが、廊下に全員出て騒いでいるのに廊下で寝ている人は豪快ないびきで寝続けている。それを見てある女性は「警報機をならしたのは この人のいびきだ」と笑いながら言い、自分の部屋へ。皆も、ごもっともと言う感じで、各部屋へ。その後、その人のいびきで眠れなかったのは 私一人ではなかったでしょう。

 四日目

 椹島発7時40分。畑薙に8時30分着き、9時40発で静岡に13時10分着。無事に、それも一日早く下山したのを祝し、私達には珍しく豪華な昼食をとり、新幹線で帰り 家に18時半。


at 20:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 登山  日本アルプス