2016年12月20日

私の足跡 196   2017年 謹賀新年の足跡    2016年 謹賀新年


私の足跡 196

謹賀新年

  
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 帰って しばらくすると 子どもの家からの℡。 毎年の通り 車に乗せてもらい 「金剛山の元旦登山。」 この元旦金剛登山は 60年近く続けている私のライフ・ワークです。独身時代は早朝に登り 初日の出を待っていたが 子どもが授かった頃からは 朝のお祝をして 子どもをおんぶして登っていたが 今ではその子も自分の子ども(私の孫)を背負って登り、今では その上の孫は成人式も終えている。
 今は 年寄りの私達夫婦と子供4人家族にお付き合いをしてもらって
6人で登っています。 

  


 今年の金剛山には、昨年以上に暖かくて雪がなく楽にのぼれて 食事をするのも暖かかった。
 
 下山後 例年お参りしている神社に初詣をしてが 時間的  かすごい人出だった。

 帰宅後 お祝いの「般若湯」たくさん戴きました。







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 私の足跡 195「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加遺産

    私の足跡    195

  
今年 「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産に追加登録された道です。

       
女人道


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         ここにも 女人堂があった。「谷上女人堂跡」

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         もくもくと弁天岳の頂上をめざす。

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         高野山には 七つの弁天様が祀られているが ここのは弁天岳の弁天様で通称「岳弁」と言われている。

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        頂上(985m)からの遠景の素晴らしさにウットリ

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        もう一つの絶景ポイント。大塔が見える。昔の女人は この女人道からしか拝めなかったからどんな気持ちで眺めたことだろう。首をロクロのように伸ばして眺めたというロクロ峠があるが こんなに遠い所からでも何日もかけて登って来てお大師さんの修行地を眺めて涙を流した人も多くいたことでょう。

                  
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                   今回のゴール大門。   創建は 江戸時代です。            

      

     
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     大門の南に 上の標識がある 

           
     一つだけの願いを叶えてくれるお地蔵さん。一言地蔵・一眼地蔵とも言われている。

     

     高野七口の一つ・相ノ浦口。ここから急登が続き、女人道のピーク
(946m)に到着。


      


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    ピークから少し下ると大滝口(ろくろ峠) に到着。
   大塔や金堂を拝もうと、この峠から女性たちがろくろ首のように
  首を伸ばしたといわれている。

    熊野への参詣道「小辺路」 への始点にもなっている。

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      円通寺(真別處)   修行道場につき これより入れない。

          まもなく、女人道の終点・駐車場に到着する。


    これで、世界遺産に追加登録された4つの参詣道を終わります。 
     



drecom_yama_ya617 at 14:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)追加遺産 

2016年11月30日

 私の足跡 194「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加遺産

    私の足跡    194

  今年 「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産に追加登録された道です。

       不動坂

   
私の足跡  122 の再掲です。  


  
高野山への
     七つの登り口 (高野七口) Ⅲ-2

   map[1]
   前回の続き    京 大阪道の極楽橋から大門までを書きます。


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      朱塗りの極楽橋を渡る


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      そして 従来の不動坂を登る
      
      f-015[1]
      今回は 江戸時代によく使われていたが 大正4年頃から 約100年間埋もれていた登山道を登ることにする。この道(赤い色の道)は 最近整備された。
       

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       1915年 高野山開創1100年記念大法要が行われるので大勢の参詣客のため、急勾配でなく広くて歩きやすい道をつくった。そのため 旧道は使われなくなった。

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        この難所を登る人を助ける「腰押し」や「荷物持ち」などの仕事をする人も多くいたそうです。また 牛にロープをつけそれを持ち引っ張ってもらう人もいたそうです。

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       整備前の道路
       
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       整備後の道路
 
                 

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       上記の場所とか「稚児の滝」とかの名所もあります。               

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       右 加みや(神谷) まきのを(槇尾) いせ 京 大阪

       「寛政四子年七月立」「南無大師遍照金剛」の石柱あり。100年の間 倒れていたそうです。       

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       現在の清不動 新しい道を造ったため、旧不動坂より大正時代につくったこの道に新しく造ったもの。
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                   旧不動坂に建てられていた。山内の不動堂と区別するため 「外不動」と言われていた。これを移築して現在は「清不動」と言われている。 

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       また 旧不動坂を登っていくと花折坂の石の花立てがある。これも100年の間 倒れていたそうです。       
 
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        仏像が祀られている。

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        京 大阪道の終点 女人堂に到着。以前は高野七口の全てに女人堂が建てられていたが、現在残っているのはここだけ。この近くに 小杉明神やお竹地蔵が祀られています。        

        高野の町を囲むように 女人禁制の時代に女人のための女人道があるが 今回その一部を上の女人堂から大門迄を歩くことにする。


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         ここにも 女人堂があった。「谷上女人堂跡」

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         もくもくと弁天岳の頂上をめざす。

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         高野山には 七つの弁天様が祀られているが ここのは弁天岳の弁天様で通称「岳弁」と言われている。

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        頂上(985m)からの遠景の素晴らしさにウットリ。

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        もう一つの絶景ポイント。大塔が見える。昔の女人は この女人道からしか拝めなかったからどんな気持ちで眺めたことだろう。首をロクロのように伸ばして眺めたというロクロ峠があるが こんなに遠い所からでも何日もかけて登って来てお大師さんの修行地を眺めて涙を流した人も多くいたことでょう。

                   10photo01[1]
                   今回のゴール大門。   創建は 江戸時代                   

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