2017年01月17日

私の足跡 197  中・下高野街道を歩く


 私の足跡  197


    
 中・下高野街道を歩く

 
この「街道歩き」の目的は 1つは 「 中・下高野街道を歩く」  と 2つ目は 「昨年の大河ドラマ「真田丸」で九度山に蟄居されていた「信繁一行」が大阪城まで歩いたと思われる道を歩いてみる」 ことです。
 
 でも 
「信繁一行」が 和泉山脈を越えて 大阪城に参戦したのは この二つの道だけではないのはわかっている。一行には 女 子供を連れた一行 また 武装した集団や山伏の姿での集団などいくつにも分かれての移動だったと思われる。


 第一日 (10月28日)
 
  紀見の集落から紀見峠ではなく、和泉山脈に登り、河内長野市の神納に降りる計画で 岩湧山のススキの穂が満開の時期とした。  

    
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紀見峠駅を8時に出発。
  最初は 根古川に沿った道で傾斜も大したことがなかった。


  
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途中より 急に高度を上げる坂道となり、約400mを登り、三合目に到着。

  
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三合目からは 尾根伝いの道で先ほどの険しい道は少なくなる。
  途中、ダイトレと加太までの修験道との分岐がある。岩湧山は右に行く。


  
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岩湧寺へ下る道との分岐点の近くに到着。

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何度かアップダウンを繰り返すとトイレがある。

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最後の登り坂を登ると頂上(897.7m)だ。
 
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各自 素晴らしい展望を眺め、ススキに囲まれ、昼食。

  帰りは、先ほどの五つ辻迄戻り 下山。

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  古刹の岩湧寺。大阪府の文化財。

 
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  伝 大江時親邸跡 
 南北朝時代の名将「楠 正成」が 兵法の指南役として この大江時親の家へ毎日のように通ったと伝わる
大江時親邸跡。「真田信繁」もここを通ったかもしれない

 「神納」から バスで三日市駅へ。4時過ぎ 解散。


 


drecom_yama_ya617 at 21:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)ウォ-ク 高野街道 

2016年12月20日

私の足跡 196   2017年 謹賀新年の足跡    2016年 謹賀新年


私の足跡 196

謹賀新年

  
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 帰って しばらくすると 子どもの家からの℡。 毎年の通り 車に乗せてもらい 「金剛山の元旦登山。」 この元旦金剛登山は 60年近く続けている私のライフ・ワークです。独身時代は早朝に登り 初日の出を待っていたが 子どもが授かった頃からは 朝のお祝をして 子どもをおんぶして登っていたが 今ではその子も自分の子ども(私の孫)を背負って登り、今では その上の孫は成人式も終えている。
 今は 年寄りの私達夫婦と子供4人家族にお付き合いをしてもらって
6人で登っています。 

  


 今年の金剛山には、昨年以上に暖かくて雪がなく楽にのぼれて 食事をするのも暖かかった。
 
 下山後 例年お参りしている神社に初詣をしてが 時間的  かすごい人出だった。

 帰宅後 お祝いの「般若湯」たくさん戴きました。







drecom_yama_ya617 at 16:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

 私の足跡 195「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加遺産

    私の足跡    195

  
今年 「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産に追加登録された道です。

       
女人道


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         ここにも 女人堂があった。「谷上女人堂跡」

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         もくもくと弁天岳の頂上をめざす。

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         高野山には 七つの弁天様が祀られているが ここのは弁天岳の弁天様で通称「岳弁」と言われている。

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        頂上(985m)からの遠景の素晴らしさにウットリ

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        もう一つの絶景ポイント。大塔が見える。昔の女人は この女人道からしか拝めなかったからどんな気持ちで眺めたことだろう。首をロクロのように伸ばして眺めたというロクロ峠があるが こんなに遠い所からでも何日もかけて登って来てお大師さんの修行地を眺めて涙を流した人も多くいたことでょう。

                  
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                   今回のゴール大門。   創建は 江戸時代です。            

      

     
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     大門の南に 上の標識がある 

           
     一つだけの願いを叶えてくれるお地蔵さん。一言地蔵・一眼地蔵とも言われている。

     

     高野七口の一つ・相ノ浦口。ここから急登が続き、女人道のピーク
(946m)に到着。


      


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    ピークから少し下ると大滝口(ろくろ峠) に到着。
   大塔や金堂を拝もうと、この峠から女性たちがろくろ首のように
  首を伸ばしたといわれている。

    熊野への参詣道「小辺路」 への始点にもなっている。

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      円通寺(真別處)   修行道場につき これより入れない。

          まもなく、女人道の終点・駐車場に到着する。


    これで、世界遺産に追加登録された4つの参詣道を終わります。 
     



drecom_yama_ya617 at 14:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)追加遺産